夏の暑さもそろそろ終わり(と信じたい)ので、今回は過ぎ行く夏を想いつつ自分の好きなアイスを紹介したいと思います。
最初に頭に浮かんだのは赤城乳業の『ブラックチョコレートアイスバー』。
小学生の夏休みは、ほぼ毎日これを食べていたような気がする。
よく太らなかったものだ。
今は1週間単位で消費体力を計算しながら省エネな日々を送っているけれど、あの頃は1日を楽しみ尽くすことに全力だった。
僕が子供の頃、祖父母や親戚の叔父さん叔母さんからお小遣いを貰うときは、必ずといっていいほど「これでアイスでも買いなさい」「お菓子でも買いなさい」と一言添えられたものだ。
そして僕は忠実にアイスやお菓子を買っていた。
時々「本でも買いなさい」の変化球もあるので、街で唯一の書店に向かい、ゴジラの本を買った記憶がある。
なんだかアホの子みたいだな。
夏休みの朝、祖父の畑仕事や左官仕事を手伝うと決まって100円のお小遣いをくれた。
もちろん合言葉は「これでアイスでも買え」。
僕は近所のコンビニのような場所にアイスを買いに行く。
何故「コンビニのような」と言葉を濁すかというと、田舎に住んでいるもしくは住んでいた方ならわかると思うが、コンビニのように食品類や雑貨を置いていると同時に花の種や米を扱っていたり、クリーニング屋や配達代理店を兼用していたりする、いわゆる「何でも屋」だからだ。
扱う品目が多すぎてお菓子の袋に埃が溜まっていたり、賞味期限切れ間近なのもご愛嬌。
数年前に実家に顔を出したとき、まだ現役で何でも屋をやっているのにも驚いたが、さらに事業を拡大して自転車や洋服類の販売まで手を出しているのには感心せざるを得なかった。
僕は店の入り口に程近い場所に設置してあるアイスのケースを覗き込む。
夏の外気を忘れさせる涼しさ。色とりどりの魅力的なアイスたち。
今日は何にしようかな、と一度は考えるが、手にするアイスはいつも「ブラックチョコレートアイスバー」だ。当時は確か1本60円くらいだったか。
調べてみると、今年でちょうど販売40周年を迎え、特別なキャンペーンを実施しているそうだ。
赤城乳業といえばガリガリ君だが、僕と赤城乳業の出会いはブラックチョコレートアイスバーだ。
甘いけれど少しだけほろ苦くて、チョコレートアイス特有のまったりさが緩和されたサクサクした清涼感。夏にぴったりである。
今でも大好きだけれど、あのアイスは夏のイメージが強すぎて、夏以外の季節に食べることはあまりない。
次に思い浮かぶのは、『アイスクリン』だ。
アイスクリームというよりも、かき氷やシャーベットに近い食感。味は素朴で卵風味が強い。
開発当時は生クリームや牛乳が貴重であり、その代わりに脱脂粉乳と卵を使わざるを得なかった。
まさにアイスクリンはアイスクリームの代用品の位置付けにあったのだが、これが意外にも好評を呼び一部地域で根付いたそうだ。
当初の代用品が「本物」と肩を並べて今も愛され続けているのはドラマチックである。
僕の行動範囲にはアイスクリンのようなマイナーなアイスを扱う店がなかったのだが、数年前にできたミニスーパーで店長の裁量なのだろうか、アイスクリンをはじめとした僕好みのニッチな商品を扱ってくれるので非常に助かっている。
店長が誰がわからないけれど、あなたはメシアだ。
こちらは季節を問わず、時々無性に食べたくなる。ちなみに今も食べたい。
これも間違いないアイスである。
メロンの形をした容器の中にメロンメロンしたシャーベットが入っている遊び心。
(出典:孤独のグルメ)
ワザとらしいメロン味がたまらない。
ここまでの傾向から見るに、僕はシャーベットやラクトアイスのようなサクサクしたアイスが好きらしい。惜しくも選外になったサクレやアイスガイもサクサク系だ。
そうそう、このアイスは安っぽい木のスプーンで食べるべき。
ステンレス製のスプーンで効率的に食べてはもったいない。
折れそうになる木のスプーンを気遣いながら食べるのが醍醐味だ。
ブタメンをプラスチックのフォークで食べるとさらに美味しいように、メロンボールは木のスプーンで食べるのが最適解。
最初はサクサク、次第にしっとり、最後はサラサラ。
時間の経過が食感の変化をもたらしてくれる。
不思議なもので、7月頭から猛烈な暑さを振りまいていた夏も徐々に勢いをなくしてくると、なんだか寂しくなってくる。
さすがに9月にもなればマシになってくるだろう、我慢我慢と言い聞かせていたのに。季節の移り変わりはいつだって切ない。
「涼しいのが恋しい」⇆「暑いのが恋しい」の構図は日本人の永遠のテーマなのかもしれない。