本日紹介いたしますのは、東海林さだお氏の丸かじりシリーズ第22作目『パンの耳の丸かじり』です。
パンの耳、とは言いますが、食パン以外に「パンの耳」って存在するんですかね。
アンパンにしてもクリームパンにしても、クロワッサンやコロネなどを見てみても、最初から形成して焼いたり揚げたりしています。
一方で食パンだけが型にはめ込んで焼き上げていますね。だからこそ耳ができるのですが、世界は広いので食パン以外にこの製法で作るパンは存在するかもしれません。
世界中のパンに思いを馳せながら、紹介を始めていこうと思います。
『パンの耳の丸かじり』
2008年上半期の出来事
この本が文庫化したのは2008年2月10日。この頃の世界の動きを見てみよう。
1月
・日本たばこ産業(JT)の食品子会社、ジェイティフーズが輸入した中国製餃子を食べた10人が食中毒となり、うち子供1人が一時意識不明となっていたことが判明。原因は有機リン系農薬成分メタミドホス。
2月
・ 東京高等裁判所、北海道開発局をめぐる受託収賄に関する裁判で、東京地裁判決を支持、鈴木宗男現新党大地代表に懲役2年、追徴金1100万円の実刑判決。
3月
・茨城県土浦市で男性を刺殺し、茨城県警察により指名手配されていた男が、JR常磐線荒川沖駅前で8人に切りつける通り魔事件を起こし、1人を刺殺、2人に重傷を負わせ直後に逮捕(土浦連続殺傷事件)。
4月
・メタボリックシンドローム予防を目的とする「特定健診・特定保健指導」を義務化・開始。
・改正パートタイム労働法施行。「正社員と同視すべきパート労働者」の差別的待遇が禁止される。
5月
・船場吉兆が一連の不祥事を受け、廃業を決定。
6月
・車の後部座席でのシートベルト着用の義務化、75歳以上のシルバードライバーへの「もみじマーク」の表示義務付け、自転車教則の30年ぶりの改定などが規定された改正道路交通法が施行。
・ マルハニチロホールディングス子会社の神港魚類とウナギ販売会社の魚秀が中華人民共和国産のウナギを愛知県一色産ウナギとして産地を偽装表示し、販売していたことが判明。
1月が農薬餃子、5月の船場吉兆廃業は2007年からの賞味期限偽装、産地偽装、無許可酒造等の一連の流れから。6月にはウナギの産地偽装。
食の安全が根底から覆されるようなセンセーショナルな事件が続いた年だった。人間誰もが食と無関係ではないので、表面化していないであろう偽装に疑心暗鬼になっていた。
さぁさぁ、気を取り直して美味しいお話。
【雪舟展と生ビール】p.40-
初めに申し上げておこう。このお話は全文引用したいほどにテンポとセンスが光る作品である。
下手に引用すると作品の魅力を下げてしまいそうで心配だが、紹介しておきたい。
そのショーケースの中の「ミックスフライ」が目に入った。
エビフライ①、コロッケ①、白身魚らしいフライ①(880円)。
(中略)
その店は、そのショーケースの横の階段を上がったところにあり、ビアホール風の造りの意外に大きな店だった。
メニューを見る。
メニューを見るとミックスフライと思っていたものは、「ミックスフライ定食」であることが判明した。
(そーか、ミックスフライだけで880円だと思っていたのに、そこにライスと味噌汁が付くわけだから、その分得をしたというわけだ)
と、僕はニンマリした(p.40-42)。
完全にさだおワールドである。この出だしで面白くならないはずがない。
ニンマリするさだお氏だが、時刻は午後3時半。
昼食はとっくに食べているし、そもそも博物館に来た道すがらミックスフライに導かれてビアホールに来てしまったのだ。
このお得なメニューとどう向き合っていくのか。
メニューの他のところを見ると、ライス190円、味噌汁150円となっている。340円得したことになる。
だが、時刻は午後の3時半で、 お腹はすいていないのでごはんと味噌汁は欲しくない。
注文を取りにやってきたおねえさんに、
「ミックスフライだけというのもできるんですか」
と訊くと、
「ハイ」
と答える(p.42)。
さだお氏大勝利の瞬間である。
お得なメニューを!
さらにコンパクトに!
美味しいところだけ安く食べられるぞ!
ここまでは順調だった。
まず生ビールとタコキムチとナスの姿漬けが到着し、おねえさんが、
「ミックスフライには味噌汁が付くんですがどうしましょうか」
と訊いたのである。
ここでぼくは事件の予感を感じた。
"定食問題"はすべてが解決したわけではなく、何らかの尾を引いているな、と思った(p.42-43)。
なにやらきな臭い。先ほどごはんと味噌汁を排除したのに、なぜここで・・・?
ミックスフライは、ライスと味噌汁の分を含めて880円であるから、ライスと味噌汁を解約したぼくには、当然その分値段を引いてくれることになる。
ライスと味噌汁で340円。880円引く340円は550円。
しかしミックスフライが540円ではいかにも安すぎる。
ぼくとしてもそこまで引けとは言わない。
ぼくはもともと肝っ玉は大きい方だし、640円、このあたりでどーだ、という腹づもりになった(p.43)。
そうそう、そんな世の中うまくいくはずがないもの。さだお氏はよくわかっている。
そのあと、またしても事件を予感させる出来事が起こったのである。
「ミックスフライについているお新香です」
と言って、みすぼらしいお新香の小皿を持ってきたのである。
"定食問題"はまだ尾を引いていたのだ。
計算がにわかに難しくなった。
さっきの計算にはお新香の分は入っていなかったのだ(p.44)。
ここにきての第三勢力お新香の参戦。思考は加速する。
みすぼらしいとはいえ、一応お新香だ。100円、と言いたいところだが150円に 見積もってやろう、しかしお新香だけは「どうしましょうか」となぜか訊かれずに強制的に置いていかれてしまった。
となると、ぼくの見積もった150円は、880円に対してどう計算したらいいのだろう。
自分としては、定食問題からきっぱり足を洗ったつもりでいるのに、店側は店側なりに苦慮しているらしいのだ。
いずれにしても、みすぼらしいお新香が来てしまったがゆえに、事件はさらに複雑性を増すことになった(p.44-45)。
そして、運命の会計。この物語の終着点はハッピーエンドなのか・・・?
レシートを見る。何事もなかったかのように、ミックスフライ880円(p.45)。
(出典:スラムダンク)
【懐かしの「都こんぶ」】p.64
そして、ああ、懐かしの郵便ポストのような小窓。
この小窓は、ぼくらの子供のころから開いていた。
あれからずーっと開いているのだ。開きっぱなしなのだ(p.67-)。
都こんぶといえばこの穴。この穴といえば都こんぶである。
赤いパッケージと双璧をなす都こんぶのアイデンティティだ。
なんとなく覗いてしまう。中身があるのはわかっているけれど、「こんぶちゃんいるかなー?」と気になってしまう。
僕はこの穴が大好きで、見るたびに「あーいーなー」と思い、中をのぞいて見ては、薄暗い箱の中にいる昆布たちを「あ、居るなー」と思い、昆布たちも「居るよー」と答えてくれる。
だから、もし「都こんぶ」の会社の人たちが、「この穴、意味がないからそろそろふさごうか。費用もかかることだし」なんてことを言い出したら、ただちに「穴保存運動」を全国的に展開しようと考えている(p.68)。
流石さだお氏だ。将来、都こんぶの穴を塞がれそうになったときには、共に戦いましょうぞ。
前に築地に行ったときに昆布の墓を参拝したのを思い出したので、ここに置いておく。
【お酌ロボット出現す】p.88
しかし、ようく考えてみると、ビールを注いでもらうことはそんなに嬉しいことなのだろうか。
若い女の人ならいざしらず、ハゲ頭のおっちゃんに注いでもらって何かいいことでもあるのだろうか(p.90-91)。
お酌、悪しき風習だ。
目上の者はふんぞり返って酒を注がれるのを待ち、目下の者は空になった或いはなりそうなコップを血眼になって探しながら、見つければ「さささ、どうぞどうぞ!」と詰め寄る。
個人的にはお酒くらい自分の好きなものを好きなペースで飲みたいと考えているので、お酌をするのもされるのも嫌いである。
しかしだ、好きな人にする・されるお酌ほど尊いものはない。
さだお氏はわかっている。わかっているのだ。
そこんとこをスルドク衝いて、株式会社バンダイから「若い女の人がお酌をしてくれる機械」が発売された。
商品名を「お酌パラダイス釈お酌」と言い、人気タレント釈由美子サンのお人形がお酌をしてくれる機械なのだ。
しかもお酌をしてくれつつ、甘ったるい声で、「釈がお酌しちゃいまーす」とか「こぼれないようにようく見ててね」とか「おっとっと」とか「泡だらけになっちゃいましたー?」「あとで一口ちょーだーい」とかの、臨場感あふれる音声を発してくださるのだ(p.91-92)。
時代を感じさせる記述である。さだお氏の興奮も伝わってくる。
そして、バンダイさん。ネーミングセンスキレッキレじゃないですか。
ここまで詳細に書いているのでまさかとは思ったが、
なぜこの機械にこんなにくわしいかというと、実は、ぼく買っちゃいましたー。4,980円でーす。安かったでーす。だって4,980円で、毎晩釈由美子サンがお酌をしてくれるわけですから(p.92)。
買ったのか・・・(驚愕)
こういうところも覆い隠さずネタにしてくれるところが素敵だ。
当時の売れ行きがどの程度がわからないが、アニメキャラや声優さんでリメイクしたらひと山当たるんじゃないだろうか。
総括
相変わらず勢いの止まることのない文豪の珠玉の作品集であった。
お酌マシーンの件もそうだが、他にも新丸ビルができただとかノンアルコールビールが台頭してくるなどの時代の流れを感じさせる作品が随所に見られる。
時事ネタをしっかり取り込んでいるのだ。
他にも紹介したかったのは、タイトルにもなっているパンの耳を題材にした「パンの耳はお好き?」、「牡蠣の神秘」、「人生しじみ時」あたりである。