今回の映画レビューは、『さいはてにて〜やさしい香りを待ちながら〜』です。
父親の唯一の遺産として手に入れた能登半島の先端にある船小屋で喫茶店を経営する女性のお話。
最近観た映画では、『しあわせのパン』と似たテイストを感じる作品です。
あらすじ
奥能登の日本海、“さいはて”の海辺に吉田 岬(永作博美)がやって来る。
岬は朽ちかけた舟小屋を改装し、焙煎珈琲店「ヨダカ珈琲」として営業を開始する。
「ヨダカ珈琲」の向かいには一軒の民宿が建っていた。
そこに住むのはシングルマザーの山崎絵里子(佐々木希)とその娘・有沙(桜田ひより)、息子の翔太(保田盛凱清)。
生活のため、金沢で働く絵里子はしばしば、幼い姉弟を置いて家を空ける。
絵里子にとっての、頼りの祖母・山崎由希子(浅田美代子)も今は入院中。時折訪ねてくる絵里子の恋人の男(永瀬正敏)も、姉弟にとっては恐怖の存在でしかない。
幼い姉弟はたったふたり、肩を寄せ合って母のいない日を過ごしていた。
そんな中、海辺に出来た珈琲店に興味津々となる。岬は姉弟に手を差し伸べ、ふたりも次第に岬に心を開いていく。(さいはてにて~やさしい香りと待ちながら~|東映[映画])
毎日窮屈な満員電車に詰め込まれて心身ともに摩耗して、会社では人間関係に悩まされる。
こういった呪縛から逃れて、人里離れた場所でスローライフを送りたい。そう考える人は多いだろう。
しかしながら、その行動には大きなリスクが伴うし、「生活できるだけの稼ぎがあれば・・・」という最低限の保証すらされていない。
先に紹介した『しあわせのパン』ではこのようなリスクを度外視して理想的な夢物語が語られていた。
そのため、本作品でも最初は「こんな最果ての地で経営が立ち行くのか」「現実感がないな」「そんな大型焙煎機持ち込んで収益の見込みあるのか」と穿った見方をしていた。
その点については、通信販売という確かな販売経路を確保していたり(途中佐〇急便の紙袋が店の中に出てきて秘かに安心した)、焙煎の技術も確かである。
このように実力に裏打ちされた地に足の着いた経営を始めていることからリアル感が生まれている。
3人の女性の悩みと葛藤のドラマ
物語は喫茶店を経営する『岬』、向かいの民宿に住んでいる山崎家を中心に展開する。
岬
岬は父親の失踪宣告を受けて、彼が残した借金とともに唯一の財産といえるボロボロの船小屋を相続し、ここで喫茶店を始める。
岬は父親の失踪が未だ信じられず、借金を返すのは当然であると考えていることから、相続放棄はせずに借金の肩代わりをすることになった。
そして、その父が戻ってくることを信じて能登半島先端の辺鄙な船小屋で自分の店を持つに至っている。
山崎有紗(ありさ)
有紗は民宿に住む小学3年生の女の子である。母親は仕事と言って金沢に頻繁に出かけていく。その間、食事として与えられるのはカップラーメンと数千円の現金。
有紗は弟の翔太の母親代わりとなって、小さいながらも鬱々と愛情に飢えた毎日を送るけなげな少女だ。
母親は仕事がない日は民宿に恋人の男を呼んでおり、兄弟たちは彼に対して恐怖とともに母親を奪う存在として忌避している。
山崎絵里子
上で書いたようにとんでもないである母親・絵理子。
中卒の自分には普通の仕事に就けるほどの学はないからと、金沢のキャバクラで週に何度か働いて生活費を稼いでいる。
ほとんど帰らない自宅は元々民宿であったのだが、今はもう荒れ放題で見る影もない。
子供たちを愛する気持ちは強いが、キャバクラで生活費を稼ぎ、休みの日には胡散臭い男に媚びて暮らす日々で精神も荒んで子供たちにきつく当たることもある。
物語はこの3人の女性が自分の葛藤や悩みに立ち向かい克服していく過程が描かれている。強い女性は美しい。
成長していく3人
序盤~中盤
序盤から中盤にかけて母親の愛情を受けることができない有紗と翔太がフォーカスされる。
有紗は家庭の事情で給食費を滞納してしまう。運悪く同時に同じクラスの女の子が給食費入りの封筒を家に忘れてしまい、クラスのみんなから「あいつが盗んだに違いない」と謂れのない非難を受ける。
このようないじめを受けるのは、有紗の家が貧乏であるというだけでなく、過去にスーパーマーケットで食料を万引きしてしまった過去があったからだ。
絵里子は最低限のお金を家に残して出かけていたが、これは絵里子の恋人の男がネコババしていた事実が物語終盤に明かされる。なんて可哀そうな・・・。
また、有紗はアクセサリーショップで万引きをした女子高生から濡れ衣をかけられて、窃盗犯として非難される。過去のトラウマから強く反論できなかったのがつらい。根っからの不幸体質であり、彼女の不運と虐待をずっと見せつけられるのかと不安であった。
しかし、有紗は強かった。岬のお店でお手伝いをして給食費を稼ぎ、自分の置かれた状況を打破していく。
もちろん小学3年生の女の子を働かせること自体違法だろという話だが、彼女が生きていく道はこれしかなかったのだ。
山崎家は貧乏と言っても、給食費を払えないほどではない。必要な支出が増えると、絵里子がキャバクラに働きに出てしまう時間が多くなり、兄弟ともに寂しい思いをするから言い出せなかったのだ。
中盤
絵里子は何故か岬を親の仇のように毛嫌いしていたが、ある出来事を通して親睦を深め、岬の喫茶店で働くところまで仲良くなっていく。
正直、仲良くなる経緯については疑問が拭えない部分があるが、絵里子が堅気の仕事について子供たちとのふれあいの時間も増え、あの恐ろしい男とも別れることができたという好転を描くシーンは作中に不可欠であったため、致し方ないのだろう。
旅館再生の兆しが見えたのもこの好転の一環である。
終盤
山崎親子は呪縛から解放されて活き活きと毎日を過ごしているし、岬の喫茶店経営も順調。このまま緩やかにハッピーエンドを迎えるかと思いきや、急に岬は店を閉めることを決意。
というのも、岬は失踪した父親の帰りを待つために喫茶店を続けていたのだが、父親と思われる(そうでないとしても関係性濃厚で死亡の事実が推測される)白骨が海で発見されたからだ。
「お父さんはもう帰ってこないのか」→「じゃ、閉めよ」という流れがあまりにもあっさりしすぎていて説明不足感はあるが、ようやくうまく回り始めた歯車が急に軋み出す瞬間は絶望的だった。
結局、岬は喫茶店に戻ってきてハッピーエンドということになるが、やはり最後まで丁寧に展開してほしいという気持ちはある。
総括
いくつか腑に落ちない点はあるものの、話の展開は穏やかながらも刻々と登場人物の心境が変化して徐々に自分の殻を破っていくという心温まるものであった。
自分的ベストシーンを挙げるならば、物語序盤で有紗が給食費をなんとか捻出しようと岬に「お金貸して」と懇願したのに対して、岬が「お金なんて簡単に借りちゃいけない」と諭したところだろうか。
借金を背負ってまで僻地で喫茶店を経営しようと立ち上がった岬の言葉だからこそ説得力があるし、凄みもあった。