久しぶりにAmazonPrimeで映画を観ました。
「なんとなく映画が観たいなぁ」と感じていたものの、公開中の映画で特に気になるものもなし。
ちょうどこれから引っ越しシーズンということで、AmazonPrimeで気になる作品を見つけました。
『おのぼり物語』。
今どき❝おのぼりさん❞という言葉はあまり聞かないですが、自分自身が❝おのぼりさん❞であるため、当時を思い出しつつ視聴した感想を書いていこうと思います。
おのぼり物語
あらすじ
カラスヤサトシの自伝的4コマ漫画「おのぼり物語」を実写映画化。
ミュージカル界で活躍する井上芳雄が映画初主演を務め、八嶋智人、哀川翔らが脇を固める。
売れない漫画家・カラスヤサトシこと片桐聰は、ある日ふと思い立って大阪から上京する。
個性的な人々が集う古びたアパート「松風荘」で新しい生活を始めた聰だが、連載していた唯一の雑誌が突然休刊になってしまい、経済的に追い詰められてしまう。
そんなとき、カメラマンを目指す高校の同級生・由美子と再会するが、彼女も夢と現実の間で葛藤(かっとう)していた。(おのぼり物語 : 作品情報 - 映画.com)
主人公の聰は幼い頃からの夢を追い求め、29歳という年齢で勤め人という職を捨て、単身大阪から東京へ上京する。
金なし、コネなし、職なしの状況で聰が辿り着いたのは、西東京東伏見にある家賃4万円のボロアパート❝松風荘❞。
個性豊かであるが、気のいい周りの住民ともなんとかうまくやっていけそうで、晴れて連載の決まった雑誌でプロの漫画家として華々しく活躍していこうと決意した矢先。
なんと唯一の食い扶持である4コマ漫画の連載雑誌が休刊してしまう。
さらには住み始めて数週間のアパートの取り壊しが決定し、家を追い出されるカウントダウンが始まった。
最初は周りの住民と団結して「絶対に出ていくもんか!」と意気込んでいたものの、オーナーからは引っ越し費用全額負担・取り壊しの日までは無料で住み続けることができるという好条件を提示され、住民は一人、また一人と松風荘から出て行ってしまう。
最後に残った聰は漫画家で食っていくという夢を捨てきれずに必死に足掻き続けるが、現実はそう甘くない。
藁をもすがる想いで漫画を持ち込んだ出版社では「つまらない」「古臭い」と足蹴にされ、同級生でカメラマンを夢見て上京している由美子とつるんでは売れない自分たちを顧みて燻る日々。
生活のためにアシスタントの仕事を始めるが、早期に才能を見限られ首になってしまい、程なくして実家の父親が肺がんで入院したとの知らせが入る。泣きっ面に蜂である。
このまま芽も出ずに東京に残ることにどれだけの意味があるのか・・・。聰は瀬戸際に立たされる。
印象に残ったシーン
聰が上京する日に父親と駅で立ち食いうどんを啜る
父親とは決して仲が悪いというわけではないが、友達のように気軽に話すという関係でもなく、言葉少なに絡んでいるのがリアルであった。
二人揃ってきつねうどんを注文し、父親が「餞別や」とお揚げを聰の丼に移すシーン。
僕が上京したのは18歳のとき。今となっては懐かしいが、東京での家探しに母親がついてきた。
誰も知り合いはおらず地名もわからない僕は「一人でも探せる」と強がっていたが、母親はやはり心配で二人で家を探すことにした。
慣れない電車、慣れない人混み。東京はなんだか怖いところだ、うまくやっていけるだろうかという不安は少しだけあったけれど、18の僕の胸にはキラキラの希望がたくさん詰まっていた。
散々歩き回り、お腹も空いたが、どの店に入ったらいいか分からない。あまりキョロキョロしていると「田舎者」とバカにされるかもしれない。
それで比較的勝手の分かるちょっとぼろ目の立ち食い蕎麦屋で遅めの昼食をとったのを思い出した。
あの何でもない蕎麦の出汁がやたらと心に沁みて美味しかったなぁ。
物語序盤のこのシーンが過去の自分と重なり、自然と映画の世界に没入していった。
意地っ張りで嘘つきな由美子❝先輩❞
同級生なのに❝先輩❞とはこれいかに。
昔からのあだ名らしいが、由美子は❝先輩❞と呼ばれるのを極端に嫌がる。
由美子は専門学校を卒業した後すぐに東京でカメラマンになるべく上京しているが、29歳になった現在もアシスタントから卒業できず、それどころかアシスタントしての仕事もままならない状況であった。
それにも関わらず、聰の前では「カメラマンデビューの話が出ているんだ」「仕事は順調」と虚栄を張っている。
彼女の心境はわからなくはない。本人は頑張っているつもりでも周りには認められない。
才能ないのかな、惨めだな、辛いなと思っても大見得を切って地元から出てきたのだから今更諦めるなんてカッコ悪いし認めたくない。
同じく芸術の世界で成功しようと大阪から出てきた聰の前では強がっていかにも夢実現間近のように振舞いたくなってしまうだろう。
夢を持つ仲間とパーッと遊ぶ
何事も上手くいかなくて燻っている聰を元気づけるために、由美子は遊びに誘う。詳細は明かされていないが、恐らく由美子同様カメラマンの夢を目指している仲間たちと車で遠出。
目的地ではそれなりに楽しそうな様子だが、往復の車の中では皆死んだような目で言葉を発しない。
それが凄く印象的で、失礼なのだけど「芽が出ない者たちが傷を嘗め合うために無理やりにつるんでいる」ように見えてしまった。
誰かが「無理だよ、もうやめよう」と言えればいいけれど、誰も言い出せない感じ。
他人の人生に口を出すのは野暮というものだけれど、見たくない現実を見ないようにしている弱い者たちが集まっているのが物悲しい。
感想
上京した聰が漫画家として上手くいかない現実を淡々と描き続けている作品で、単調さはあるものの、決して退屈せず見入ってしまった。
結末としては、ややバッドエンドに舵を切りかけたけれど、「成功」の二文字を匂わせる形で不時着したというところ。
出版社の社員さんも聰をアシスタントとして一時的に雇っていた漫画家さんも「現実もこんな感じなんだろうなぁ」と思わせるほどにリアルであり、全編通して悲壮感を漂わせながら劇的な展開もなく進んでいくというところに味わいがあると思う。
『上京』にも色々な意味合いが含まれていて、「東京に出てきたら素敵な毎日が待っているんだ・・・!」というキラキラと希望に満ちた考えもあれば、「地元に残っても碌なことがないけれど、東京に出ればとりあえず何とかなるだろう」という消極的な考えもある。
本作の主人公・聰の心情としては前者3割、後者7割くらいであるように感じた。
それは聰が29歳と決して若くはないけれど、「無理無理最初から諦めろ」という年齢でもない微妙なところであり、ここが多くの悩みや不安を抱える要素であることだろう。
地元の大阪でいくつも連載をしていた等、ある程度の実力が担保されていれば、鳴り物入りで上京してきた遅咲きのルーキーのような可能性を感じさせるのだが、とりあえず❝夢❞というものを唯一の拠り所としているところが心許ない。
昨今、「頑張っている人に❝頑張れ❝と言ってはいけない風潮」があるが、それこそ18で漫画家目指して上京してきた少年・少女ならば、「おう、頑張れよ!若いんだから何とでもなるよ!」と無責任だけど力強い激励を送ることはできる。
それが29だと状況は変わってくる。悲壮感があるし、適当なことは言えんなという雰囲気がある。
出版社の社員の一人が「君はこれから忙しくなるよ!」「なんとなくそう感じるだけ」「何の根拠もないんだけどね」と繰り返し聰に説くシーンがある。
これは一見軽薄で無責任な発言に思えるが、人の夢が叶うかどうかなんてわからない。
変に理論立てて夢を語る人間よりも、「何とかなる!」という根拠のない励ましをくれる人の方が現実感があると思う。
まとめ
何の気なしに観始めたが、自分の過去の経験を重ね合わせながら得るものが多い作品であったように感じる。
作品の最後に画面が暗転し、「すべてのおのぼりさんに捧ぐ」というテロップが流れる。
ちょうど転出入が多くなるこれから時期、忙しい合間を見つけて、おのぼりさんもそうでない人も聰青年の等身大の上京物語を観てほしいと思う。