今宵紹介するは、“なりたかった”大人になれなかった大人たちの物語。
『海よりもまだ深く』。
主人公は15年前の文学賞入賞が忘れられずに、いい年になっても自称小説家を続けています。
彼の周りもどこか人生を諦めているような、無気力で自棄な大人たちがたくさん。
↓1週間前に観た『おのぼり物語』に通じる部分がありますね。
こういう作品、嫌いじゃないです。今週も視聴の感想を綴っていきますよ。
海よりもまだ深く
あらすじ
笑ってしまうほどのダメ人生を更新中の中年男、良多(阿部寛)。
15年前に文学賞を一度とったきりの自称作家で、今は探偵事務所に勤めているが、周囲にも自分にも「取材のため」だと言い訳している。
元妻の響子(真木よう子)には愛想を尽かされ、息子・真悟の養育費も満足に払えないくせに、彼女に新恋人ができたことにショックを受けている。
そんな良多の頼みの綱は、団地で気楽な独り暮らしを送る母の淑子(樹木希林)だ。
ある日、淑子の家に集まった良多と響子と真悟は、台風のため翌朝まで帰れなくなる。
こうして、偶然取り戻した、一夜限りの家族の時間が始まるがー。(映画『海よりもまだ深く』公式サイト |about movie)
主人公の良多は、過去の栄光に囚われ続けて自称作家を続けた結果、妻には愛想を尽かされて離婚。
息子の真悟とも離れ離れだ。
そのくせ未練たらたらで、元妻にできた恋人に猛烈なジェラシーを感じながらも月に1度の面会日を楽しみにしみったれた毎日を送っていた。
一応探偵事務所に勤務しているが、給料をギャンブルですってしまうのか月5万円の養育費すら滞納する体たらくである。
おまけに探偵という職業を利用してブラック寄りのグレーな仕事に手を付けては所長に内緒で報酬をはねていた。
養育費をなんとか工面するために周囲から借金をしまくり、挙句は団地で独り暮らしをする母の家を訪れては金目のものはないかと家探しをして、質屋に入り浸るという控えめに言っても❝クズ❞な男が描かれている。
物語の半分ほどは良多のしみったれた毎日にスポットを当てて、残りの半分はひょんなことから淑子の家に集合した良多、響子、真悟の一夜限りの家族ドラマという構成である。
こう考えると前半のまとまり具合は秀逸だ。
以下では作品の中で印象に残ったシーンを取り上げつつ、核心に触れない範囲でのネタバレを含みながら書いていこうと思う。
❝なりたかった❞大人になれなかった大人たちの物語
あらすじを読んでいただければ何となくわかるが、本作は割とありがちな家族愛を描いた物語である。
見せ方によっては極めてチープになりうるし、「わざわざ作品にしなくても似たようなテーマの作品は沢山あるし・・・」と言われかねない。
しかしながら、本作は家族愛が一つのテーマではあるものの、それと同時に❝なりたかった❞大人になれなかった大人たちが多く登場する。
それが非常にリアルであるため胸に突き刺さるセリフやシーンが随所に散りばめられていて目が離せない。
どの大人たちの人生もどこか壊れかけており、作家という夢を捨てきれずに燻り金の無心をするほどに落ちぶれる良多。
子供の頃の夢など忘れて諦観した人生を受け入れている後輩、家族三人の普通の幸せを夢に描いていたのにそれが実らず足掻く響子。
「こんなはずじゃなかった」
そんな言葉が口をついて漏れ出しそうな悲壮感が漂う作品である。
物語冒頭で淑子と良多の姉が雑談をしているシーンから始まる。
母親の脛をかじり続ける良多を疎ましく思っている人物として描かれていた姉も実は体よく淑子を利用して子供の弁当のおかずを作らせたり、年金を自分の子供の習い事につぎ込ませたりと好き放題親を食い物にしている様が何とも複雑である。
また、大人との対置として良多の子供である真悟が登場する。
彼は良多を反面教師としているのか、現在取り組んでいる野球の道で大成することは考えておらず、「公務員として安定した生活をしたい」と発言している。
野球でも無理に打ちに行かずに、ボール先行の局面では積極的にフォアボールを狙って進塁しようとするシーンもあったりと慎重派な一面が垣間見える。
良多は子供の頃から国語の成績がよく、それは真悟にも受け継がれているようだ。
実は良多も子供の頃は父を顧みて公務員を志望していたが、案の定この様である。
真悟もこの先どうなっていくかは全く分からないところに怖さを感じる。
父親として、息子として、男としてのプライド
真悟の前では気前のいい父でいたい
良多は息子である真悟の前では威厳のある立派な父でありたいと考えている。
面会の日に真悟にスパイクシューズを買ってやろうと靴屋で品定め。
真悟は父の経済状況を知っているためノーブランドと思われる安いシューズを指して「これがいい」と言う。
「こっちのミズノのにしとけ」とお金がないにも関わらず見栄を張って高いシューズをプレゼント。
おっさんカッコええやんと思いきや、床に擦り付けてついた汚れを店員さんに指摘して値下げをしてもらうというセコさ。
「こんな大人になりたくないな」と思わせる一方で、「でも大人ってこんなもんだよな」と思ってしまうのは、僕が汚い大人になってしまったからだろうか。
また、真悟にハンバーガー(モスバーガー)を食べさせてあげるシーンでは所持金の都合で自分のものまで用意する余力がなかったようだ。
それならばマックで100円のハンバーガーを2つ注文すればと思うのだが、それも父親のプライドが許さないのだろう。
なけなしの一万円を母に
淑子の留守中に金目のものを求めて実家を血眼になって漁る良多。
この時点で救いようのないダメ息子である。
帰ってきた淑子は最近仁井田先生という同年代の男性の音楽教室に通い、熱心にクラシック音楽を聴くようになったが、CDを買うお金がない。
それを聞いた良多は気前よく1万円を差し出すが、そもそもこれは後輩に頼み込んで貸してもらった1万円である。
仕事は順調で生活も余裕だということを母にアピールするべく、なけなしの、しかも借りた1万円を使うのはなんとも情けない。
なんとなく親に見栄を張りたくなるのはわかるけど、自分の生活も立ち行かないレベルだとただひたすらに空しい行動に見える。
男としてのプライド
当然元妻の響子の前でも見栄を張る。
小説の仕事が立て込んでいて忙しい、養育費は払えるんだけどATMやってなくてさー、その場を取り繕う嘘で自分を塗り固めていく。
響子は良多の実情を把握しているようで、冷ややかな態度である。
とりあえず経済的に充実しなければ月々の養育費はおろか生活費も支払えなくなる。
編集社から漫画の原作の仕事を斡旋されても自称小説家の経歴に傷がつくと考え、せっかくの仕事を断ったりとプライドが肥大化して自尊心の塊になってしまった姿は見るに堪えない。
さりげなく差し込まれる名言
- 「花も実もつかないんだけどね、あんただと思って毎日水やってんのよ」
- 「あんたみたいな大人にだけはなりたくないです」「なりたい大人になれると思ったら大間違いだぞ」
- 「海より深く人を愛したことなんてないけど、それでも楽しく生きてんのよ、毎日楽しく。ううん、ないから生きていけんのよ。こんな毎日を。楽しくね。」
- 「❝なれたか❞は大した問題じゃなくて、気持ちを持って生きているかだ」
まとめ
テーマだけを取り上げればチープな作品にしかならないだろうが、本作に関しては最初から最後まで全くだれずに伝えたいことを伝えきっているため、個人的に非常に見やすく印象に残るものになった。
人生において「こんなはずじゃなかった・・・」「あのときこうしていれば・・・」と後悔することは珍しいことではない。
失敗するからこそ成功もするし、うまくいかないからこそ面白いという見方もできる。
全てを受け入れて、自分らしくまっすぐ前を向いて歩いて行けたら、後ろ指刺されようがそれが正解なんじゃないのかな。