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『江戸前 通の歳時記』@池波正太郎

先日、池波正太郎さんの食エッセイの記事を投稿したばかりですが、『江戸前 通の歳時記』を読み終えたので、そちらもレビューしていこうと思います。

↓前回の記事はこちらから。

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エッセイは短編が連続しているので、コマ切れ時間に読むことができてとてもありがたいです。

『むかしの味』はタイトルの通り今と昔の食の変遷や文化の違い、当時を生きる人々の心意気などを主に池波正太郎さんの少年~青年時代の記憶を交えて編まれたものでした。

そして今回の『江戸前 通の歳時記』は、第一章で❝江戸前❞を定義し、二章では1月から12月までにそれぞれ旬を迎える季節の食べ物の楽しみ方を展開。

三章では『むかしの味』でも語られた屋台の「どんどん焼き」から始まり、幼少から現在にかけての雑記禄の様なものが語られています。

最終章・四章では、「天ぷらは職人が揚げたそばからかぶりつくように食え」だとか「ビールが残った状態でつぎ足すのは愚の骨頂」というような池波流の食の流儀を指南しています。

この記事では二章と四章から特に印象に残ったものを紹介していこうと思います。

第二章 味の歳時記

[1月]橙

1月のメインイベントと言えばお正月だ。日常の忙しなさから解放されて一年の始まりを祝う。

街に出れば、やれ初詣だ、やれ初売りだと盛り上がってはいるが、池波さんが言うように現代の都会の正月は形骸化しつつあるような気がしてならない。

大晦日に向けて徐々に「一年の終わりだ・・・締めくくりだ・・・」と機運が高まってきて、年が明けると呪縛から解放されたかのように大騒ぎする。

現代人は忙しすぎるのかな。心の余裕がないのかな。何カ月も前倒しに行われるクリスマスケーキやお節料理の予約開始をみて「ああ、そんな時期なのか」と感じるだけで、能動的に行事に参加している人の方が少数派なのかもしれない。

それがいけないわけではないし、無理に祝うものでもない。ただ、空元気で何となく参加する人間が増えれば、本当に正月は形骸化してしまうだろう。

子供のことだから、学校も休みになっているし 、小遣いもたくさんもらえる。

貧乏は貧乏なりに御馳走も食べられるというわけで、それがたのしみなのはいうまでもないが、何よりも、日ごとに年が押しつまってくる緊張感と、新しい畳の匂いと、張り終えた障子の白さなどが一つになって、子供たちの昂奮を唆る。

小さな薄汚れた我家が、年の暮れには、まるで別の家のように、清々しく見えた。

祖母や母が、どうして年を越そうか、やりくりの相談をする声も、むしろおもしろい(p.32)。

子供の頃のお正月が何故輝いていたか。それは書かれているように、学校がお休みになる特別感とお年玉が貰えたり御馳走が食べられたりという非日常感を味わうことができたからだ。

僕が子供の頃は、クリスマスが終わって数日経つ頃、12月28日か29日辺りだろうか。両親が近所の餅屋さんから大きな餅を買ってくる。

餅

↑上の画像の様な形成されていない餅が大きなバットに載せられ、乾燥防止に紙がかけられている。ちなみに餅の大きさはこの6倍くらいあるかな。

正月中は餅ばかり食べるわけでもないので、1月半ばになっても残っていることがよくあった。最初はやわやわで美味しかった餅も数日経つとカチカチにひび割れてくる。

「最初から小さいの買ったらええやん」というのは誰しも思うことだが、多分そこには大人の付き合いがあったのだろう。

普段から餅屋に足しげく通うわけではないし、そのお店も普段は違う商売に重きを置いて経済活動を行っているに違いない。

「一年に1回、大きな餅を買うこと」が一種のコミュニケーションというか慣例になっていたと思われる。

餅が来て、大掃除をして、僕の実家も古い和風の家なので障子を貼り変えたりして。お年玉をもらったら欲しかったゲームを買おうかな。初詣のときに屋台が出ているだろうから、いつも子ダコをおまけにくれるタコ焼きの屋台に寄ろうかな等々・・・。

子供の僕は、お正月がまるで初めてくるような気持ちで毎年ワクワクしていたよね。

 

[2月]小鍋だて

「鍋は大勢でつついて食べるもの」、それは確かに一理ある。

何も考えずに具材を投入する者、それを止める鍋奉行。その様子を眺める観察者に餌を待つ鳥のヒナのように空っぽの取り皿を見つめる者。

1つのテーブルを囲んで「ああでもない」「こうでもない」と食べる鍋は旨い。

翻って1人、多くても2人で楽しむ鍋もまた乙なものだ。心の余裕が違う。

小鍋だてのよいところは、何でも簡単に、手ぎわよく、おいしく食べられることだ。 そのかわり、食べるほうは一人か二人。三人となると、もはや気忙しい(p.41)。

また、鍋の良さは色々な具材をごった煮にして楽しむことができる点にもあると思うが、最近僕はシンプルな鍋を好むようになった。

例えば、鶏もも肉で鍋を作るとしたら、材料はもも肉、ネギ、きのこ1種。

一般的な鶏の水炊きでも白菜や人参、エノキあたりは入れたりするのでかなり質素な鍋にはなるが、その分味の混和が起こりにくく、素材そのものの味をじっくり楽しむことができる。

もちろん色々な具材が入っている鍋はそれはそれで良さがあるし、楽しさもあるのだが、こと1人で鍋を楽しむ場合にはシンプルなものが一番だと最近気づいたのである。

だから私はいわゆる〔よせ鍋〕とかいって、魚や貝や鶏肉や、何種類もの野菜や豆腐などを、ごたごたといっしょに大鍋で煮て食べるのは、あまり好きではない。

それぞれの味が一つになってうまいのだろうけれど、一つ一つの味わいが得られないからだ(p.42)。 

この後別のお話でも書いているが、池波さんはすき焼きにも肉と葱以外は入れないという。

僕はここに春菊を足したいなぁと思う青二才だ。もちろんすき焼きの焼き豆腐やしいたけが旨いのは百も承知だが、そういう場合は鍋にせずザッと煮込んですき焼き丼にした方が幸せになれるかもしれない。

 

第四章 通のたしなみ

鮨屋へ行ったときはシャリだなんて言わないで、普通に「ゴハン」と言えばいいんですよ。

「ゴハン」と聞くと、敬愛する東海林さだお先生を思い出すなぁ

鮨屋ではゴハンを❝シャリ❞、お茶を❝アガリ❞、生姜の酢漬けを❝ガリ❞、醤油を❝ムラサキ❞と呼んだりすることが一般に知られている。

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もともとこれらの言葉は鮨屋仲間の隠語だったらしく、これを得意気に言われたら人によっては嫌な顔をするかもしれない。

普通に、「お茶をください」と言えば、鮨屋のほうでちゃんとしてくれる。

だけど、いま、みんなそういう(アガリ) ことを言うね。

鮨屋に限らず、万事にそういう知ったかぶりが多い(p.152)。

池波さんとしては、「そんな言葉を分かったように使うんじゃないよ」という強い指摘ではなく、それで通ぶるなら鮨に使われる魚の一匹でも実際に観に行った方が有益ですよ、というようなニュアンスなのだろう。

 

たまにはうんといい肉で、ぜいたくなことをやってみないと、本当のすきやきのおいしさとか肉のうま味というのが味わえない。

ビールというのはね、料理屋の仲居でもそうだけど、本当の料理屋でない限り、まだ残っているうちに注ぎ足してしまう。

これは愚の骨頂で、一番ビールをまずくする飲み方なんだよ(p.169)。 

この問題は非常に根深くて、「目上の方のグラスが空っぽになる瞬間を作らないように!」という風潮が定着しきっている状況だ。

ビール

上の人間は「オレのグラスが空いてるのに誰も注ぎに来ないな。最近の若い奴は・・・」となり、下の者は「そろそろ〇〇課長のグラスが空くな、××係長はあと2口くらいか(虎視眈々)」となる。

まこと阿保らしい。お酒くらい自分のペースで飲んだらええやん。義務的に注ぐ注がれることに何の意味があるのか。

だから、ビールの本当の飲みかたというのは、まずお酌で一杯飲むのはしようがないね。

それでグーッと飲んだらビールをまず自分のところに置いとくんですよ。

そして自分の手でやらなきゃビールというのはうまくないんだ(p.170)。 

そうそう、継ぎ足し継ぎ足しって鰻のたれじゃないんだから。わかる、わかりますぞ。

それなのに、ちょっと飲むとすぐ仲居や何かが注ぐでしょう。接待のときもそれをやるからいけないんです。 

悪循環で全部飲めないからコップに半分残るでしょう。そうするとそのまま放っておくと何か気がつかないみたいでね、怠慢のように思われやしないかということになる(p.170)。

注いだ方は満足して去っていき、注がれた方は美味しくもない継ぎ足しビールを頑張って半分飲んでおいておくと「全然飲んでないじゃないですかぁ」と更に注がれてしまう。

何という悪循環。❝注がれ損❞という言葉がここに生まれた。

 

まとめ

池波正太郎さんは食への拘りが人一倍強く、「こうやって食べなくちゃうまくない」「そんな食べ方は食材の味を殺すものだ」と説教じみて聞こえるかもしれないが、しっかり読み解いていけば決して押しつけがましくなく、スッと染み入るような❝粋❞を感じる。

食のエッセイといえば当ブログでは何度も東海林さだおさんを紹介しているし、太田和彦さんの本についても書こうと思っている。

ここに池波正太郎先生も加わるのか。忙しくなってくるな。