うたかたラジオ

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進化の余地


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 確かに発車ベルが鳴り響いていると、妙に急かされて、「まだ乗れるんじゃないか」と思ってしまいますよね。15時間際の銀行窓口が混み合うように、閉店間際のスーパーが戦場になるように、〆切が見えているものに対する駆け込み需要は相当なものだと思います。

田舎から東京に出てきた自分としては、例えば新宿駅あたりで発車ベルが鳴り終えた頃でもまだ降車客が降り切ってない状況を見て、単純に「人多すぎぃ」と思ったのもそうですが、「発車ベル意味ないやん」と感じたのが印象に残っています。結局発車ベルが終わってからタイムラグがあってドアが閉まるんですよね。乗れるものは乗れるし、乗れないものは乗れないので、変に煽って駆け込み乗車を助長するよりは一度ベルを止めてみるというのも一つの方法だと思います。

 

 

電車。僕が子供の頃から形状がほとんど変わらない。親世代、祖父母の世代からもそう大差ないだろう。

他にも傘。傘がいつ発明されたのかは分からないが、少なくとも雨に濡れないように頭の上を覆うという構造は何百年も変わらない。

自動販売機や自転車もそうだ。そういったものは初登場の時のクオリティが高く、進化の余地をほとんど残さなかったのだろう。それに加え、劇的な改善を必要としない領域を独占した産物であるというのが大きいと思う。

満員電車が嫌だとか、傘は横殴りの雨は防げないとか細かい要望は色々出てくるだろうけど、前者は物自体の問題というよりも使い方の問題であるし、後者についても体の前面をカバーする傘を発明したところで収納や利用の安全性に問題が生じるだろう。全体カバーの領域はレインコートに譲ればいい。結局、進化するかしないかはニーズと使いやすさのバランスなのだと思う。

 

進化という点で僕が感銘を受けたのが、東京荻窪にある『春木屋』という中華そば屋の経営方針だ。

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上掲の画像は、春木屋でもっともスタンダードな『中華そば』だ。税込み850円。大盛りで1,050円。

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わんたん麺は1,250円。大盛り1,400円。

まず、値段だけ見ると非常に高価に感じる。僕は自他ともに認めるラーメン好きだが、ラーメン屋で単品メニューが1,000円を超えるところはあまりない。せいぜい「全部盛り」「特製」「スペシャル」というような形容を冠するメニューが1,000円を超えるかどうかだ。

加えて、大盛り150円~200円をとるところもあまりないように思う。大盛り無料だったり、100円程度の店が多い。

こうした強気の価格設定でも連日お客さんは入っているし、僕も頻繁には荻窪に行くわけではないが、荻窪に立ち寄った時には進んで入りたいと思うラーメン屋だ。

 

ここまであえて肝心の「味」に触れていなかったが、ここのラーメンは非常に誠実な、正統派醤油ラーメンである。

まずスープの熱さに驚かされる。スープの表面をラードの被膜でコーティングしており、いつまでも熱々なのである。それでいて脂のしつこさはなく、のどを通る動物系の甘みとカエシのエッジ感。そこから抜ける魚介の風味。煮干し・昆布の乾物コンビの重厚な味わいと後から追いかける鰹節の旨味。これが手打ちちぢれ麺によく絡んで無心に食べてしまう。

この麺がかん水少なめの自然な風合いであり、非常に歯切れがいい。それでいてもちもちとしている。おそらくスープを吸いやすい密度の低めの麺なのだろう。スープとよく合うんだ、これが。

偉い人は言った。「ラーメンのトッピングはあくまで飾りだ。スープと麺の引き立て役に過ぎない」。春木屋のラーメンはまさにそうで、海苔、メンマ、チャーシュー、以上。これでいいんだ。『時代の流行り廃りはあるけれど、俺たちはいつも一緒だぜ』という義兄弟の盃を交し合った具材たち。

 

ラーメンを語りだしたら熱くなってしまったが、そうそう、春木屋の経営方針。春木屋は「変わらない味」を提供することを大きな目標にしているそうだが、「変わらない」ということは進化の手を止めるわけではなく、人々の舌に合わせて日々不断の努力を欠かさないということ。世には旨いものが溢れすぎている。人々の舌は常に肥えていき、洗練されていく。そこで現状に胡坐をかいていると、進化した人の舌に見限られてしまう。だから進化し続ける。

学生時代にラーメンを啜っていた少年が、ある日自分の息子を春木屋に連れてきて、「変わらない味でうまいな」と言ってくれるようなことが嬉しいんだそうだ。「変わっているんだけど、変わっていない」。平静を装っていつもの味を出している水面下で必死に水かきをしている。

同レベルの味を日々の気候や食材の具合に合わせて均一に保つことすら難しいのに、その中で進化の余地を見極め精進していく。

近々荻窪に用事を見つけて食べに行こうかな。