西巣鴨編後編をお届けします。
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熱いソメイヨシノ推し
染井よしの桜の里公園
公園を抜けると、そこは公園だった。川端康成もびっくりである。
公園マイスターの血が騒ぐ。
ソメイヨシノは豊島区のシンボルツリーらしい。
ソメイヨシノは、江戸の染井村(現在の豊島区駒込)で集落を形成していた職人たちの手で生み出された品種である。親をエドヒガンとオオシマザクラ。
交配種なのだが、今となっては桜≒ソメイヨシノとなっている。
立派な石碑だ。
「偉大なる探検家トマ・レバイン、ここに眠る」とは書いていない。
公園によくある、乗るとボヨンボヨン動く乗り物である。名前はわからない。
モチーフは虫の幼虫だろうか。触覚をはじめとした全体のフォルムが気持ち悪めなのは御愛嬌。
この虫さんは一体どんな顔をしているのだろうか。子供が遊ぶからには笑顔なんだろうな。怖いと泣いちゃうもの。
・・・。怖い。顔が無いのが一番怖い。
のどかな公園だ。中央部では何やらゲートボールのような、グラウンドゴルフのような競技が行われている。この暑いのによくやるもんだ。
熱いソメイヨシノ推し。
門と蔵のある広場
住宅街の路地に入り込むと、また石碑がある。トマ・レバインはここにも眠っていない。
豊島区は公園整備に力を入れているのだろうか。通りかかった公園はどこも綺麗でゴミ一つ落ちていなかった。樹木の剪定もしっかりされているようだし。
何か書いてある。あー、あー・・・、あれね!すごいやつ!古くてすごいやつ!知ってる知ってる(知らない)。
この移り変わりの早い世の中で、人の手によって守られ続け区のシンボルにもなった文化財である。現代の技術でも同じか、それ以上のクオリティで再現することができたとしても、意味がないのだ。
歴史の重み、人の思いは積み重なり、ものに魂を吹き込む。
蔵の中では何やらガイドさんらしき人が一生懸命説明する声が聞こえるが、外は静かだ。誰もいない。
栄枯盛衰。時代は変わり、新たなものが生まれ、古きものは滅していく。それが自然の摂理だけれど、古きを守り想いを馳せることは未来に向けての一つの礎となる。
夏草や、つわものどもが夢の跡。
のんびりと文化財の脈動を感じ、この場を後にする。
染井の杜広場と染井橋
『染井の杜広場』。ソメイヨシノに因んだ場所が多いようだ。
何が“営業中”なのかはよくわからないが、大きな木の元で何かしらの営業をしているらしい。
染井橋を通って駒込に辿り着く。ひたすら歩いてきたら、こんなところまで来てしまったのか。
六義園
地下鉄駒込駅至近に『六義園』という日本庭園を発見。早速立ち寄ってみることにする。
六義園は造園当時から小石川後楽園とともに江戸の二大庭園に数えられておりました。元禄8年(1695年)、五代将軍・徳川綱吉より下屋敷として与えられた駒込の地に、柳澤吉保自ら設計、指揮し、平坦な武蔵野の一隅に池を掘り、山を築き、7年の歳月をかけて「回遊式築山泉水庭園」を造り上げました。
六義園は吉保の文学的造詣の深さを反映した繊細で温和な日本庭園です。
庭園の名称は、中国の古い漢詩集である「毛詩」の「詩の六義」、すなわち風・賦・比・興・雅・頌という分類法を、紀貫之が転用した和歌の「六体」に由来します。庭園は中の島を有する大泉水を樹林が取り囲み、紀州(現在の和歌山県)和歌の浦の景勝や和歌に詠まれた名勝の景観が八十八境として映し出されています。
明治時代に入り、岩崎弥太郎氏(三菱創設者)の所有となった当園は、昭和13年に東京市に寄付されて一般公開されることになりました。昭和28年3月31日に国の特別名勝に指定されました(概要 | 六義園 | 庭園へ行こう。)。
染井門開放中
こちらは『染井門』という出入口であり、普段は閉まっている。月に何回か正門の他に染井門が開放されるとのこと。
本日お日柄もよく、散歩日和である。街中にこれだけの面積の日本庭園が普通に存在していることに驚きである。
立派な竹だ。竹林を見たのはいつぶりだろう。実家にいた頃は毎日のように見る光景だったけれど、こうまじまじと見て見ると青竹の溌剌とした生命力を感じさせる。
妹山・背山
古くは女性のことを「妹」、男性のことを「背」と呼んだ。❝妹背❞は男女の間柄を表すのに使われる。
万葉集にも妹背にまつわる詩がいくつもあり、
背の山に 直(ただ)に向かへる 妹の山 事許せやも 打橋渡す
二つ並んだ大小の山を「背山」と「妹山」、ここでは男女関係に見立てている。背(男)の口説き文句を受け入れて、妹(女)は板で作られた橋(打橋)を渡した。これで行き来が自由になるねという詩。
しっかりとした作りの橋ではなくて、仮づくりで簡素な打橋を架けたというのが深いところである。女性側のガードが堅く、時間をかけて心打ち解けるまでは二人に架かる橋があくまで❝仮❞なんだよという風に読める。その橋を強固なものにするも崩落させるも二人次第だ。
他にも、
妹に恋ひ 吾が越えゆけば 背の山の 妹に恋ひずて あるがともしさ
家に残してきた妻に恋焦がれながらも山道を歩いていくと見えてくる背の山と妹の山。仲良く二つ並んでいてうらやましいなという気持ちを詠んだ詩。「妹に恋ひ」というところが素敵だ。二つの山みたいにいつまでも一緒にいられたらいいね、というのは少し重い気もするが、言われればやはり嬉しい。
違いのわかる大人になりたい
予約して利用することができる有料の施設である。今回は10月頭の訪問であったが、4月の桜の時期や秋深まった紅葉の季節にここに集まって「会食がてらちょいと詩吟でも」なんて乙ではないか。詫び寂び、やね。
右側で支えている岩の頑張りは大いに称えられるべき。
園内をぐるっと一周
深緑も目に優しいが、紅葉の時期はさぞかし綺麗で壮観なのだろう。
今日は30度を超えて暑いけれど、季節はしっかり秋なんだと再認識。
園内もそろそろ一周だ。
平成最後の夏の涼を締めくくる
暑いので茶屋でかき氷を食べることに。何の変哲もないかき氷だけれど、目に入る緑と青の世界を感じながら食べる涼は格別である。
帰りは正門から出てみる。
こんなに心穏やかな気持ちになれて入園料300円は安いと思う。また紅葉の季節か桜の季節にお邪魔したいものだ。
フレーベル館って駒込にあるんだ。
アンパン、しょくぱん、カレーパン♪ジャム、バター、チーズ、ダンダンダン♪
万葉の詩人に負けない魂の叫びである。さぁて、そろそろ帰るとするか。
これまた素敵な名前の花が店頭に並んでいた。久しぶりの晴れで気持ちよさそうだ。
帰りは都営三田線の千石駅から。
総括
今回の刹那的放浪は穏やかで文化の香りを存分に感じた旅だった。
西巣鴨のイメージは古き良き商店街が残る昭和チックな土地だと思っていた(後から調べてみると、今回進んだ方向とは逆の方面にはそういった風景がまだ残されているらしいので、これは西巣鴨第二弾あるかも・・・)が、洗練されつつも文化的価値のある施設を丁寧に愛情を込めて保管している素晴らしい街である。
自然が多いのもポイントが高く、季節によって表情を千変万化させる奥深さを持っていそうだ。また近々訪れたい。