うたかたラジオ

浮かんでは消えるうたかたのように儚い言葉が、あなたに届きますように。

『ワニの丸かじり(丸かじりシリーズ4)』@東海林さだお

道のりは長いけれど、積年の夢だから。

先日、東海林さだおさんの本を大量に仕入れたという記事を書きました。

www.utakata-radio.com

いつか全巻レビューをしてみたいと考えていたので、完全に不定期にはなりますが、淡々と『丸かじりシリーズ』及び他の作品の感想を書き連ねていこうと思いますよ。

第1巻の『タコの丸かじり』から順々に読み進めていくのもいいですが、続き物というわけでもないので手に取るままに紹介していきます。

一応わかりやすいようにタイトルに「丸かじりシリーズ〇〇」のように表記していくのがいいですかね。

そんな今回は丸かじりシーズ4作目の『ワニの丸かじり』です。

ワニの丸かじり (文春文庫)

ワニの丸かじり (文春文庫)

 

 

 

ワニの丸かじり

1996年上半期の出来事

初期の作品ということもあって、勢いが凄まじい。

この作品が世に出たのが1990年6月。そして文庫化したのが1996年4月10日。

1996年上半期(下半期についてはシリーズ5の『なまずの丸かじり』の記事のときにでも)の大きな出来事としては、

 

1月

・村山富市政権から橋本龍太郎政権に移行、NASAのスペースシャトル『エンデバー』打ち上げ

2月

・羽生善治さんが史上初の将棋タイトル七冠独占

3月

・東京臨海高速鉄道りんかい線新木場駅~東京テレポート駅開業

4月

・東京ビックサイト(東京国際展示場)開場

・宇都宮市・新潟市・富山市・金沢市・岐阜市・静岡市・浜松市・堺市・姫路市・岡山市・熊本市・鹿児島市の12市が初の中核市指定

5月

・HONDA『ステップワゴン』発売

・トヨタ『イプサム』発売

・日産『ウイングロード』発売

6月

・福岡空港ガルーダ航空機離陸事故

 

文化面では、あの『ポケットモンスター赤・緑』が発売されるのが2月。

安室奈美恵をリスペクトした『アムラー』が出現し、女子高生の間でミニスカートやルーズソックスが流行しだしたのもこの時代。

インターネットがぐんぐんと勢いづきだしたのもこの頃で、携帯電話やPHSの契約台数も鰻登りである。

日本の文化の礎が急速に作り出されている印象だ。

 

さてさて、前置きはこれくらいにして『ワニの丸かじり』の中身を見ていこう。

当然ワニをメインにしたお話もあるのだけれど、他に面白い作品が大量にあるので泣く泣くカット。

【午後二時のラーメン屋】p.24-

ややあって、店主はチャーシューの容器を引き寄せる。

一本のチャーシューのかたまりを取り出し、まな板の上にのせて包丁をかまえる。このとき、静かだった店内に緊張が走る。店主も少し緊張する。

ホッチキスポーツを構えてはいるものの、客は緊張して横目でその動作を見守っている。

どういう肉質か、厚さはどのくらいか、一枚か二枚か・・・・・。

包丁がストンとおろされ、切られた一片がパタンと前に倒れる。

店主は残りを容器にしまう。

この店のチャーシューは一枚だったのだ。客は少し落胆し、小さなため息をつき、ホッチキスポーツをガサガサめくる(p.27-28)。

なんという臨場感。自分も午後二時のラーメン屋でラーメンが出てくるのを心待ちにしていると錯覚させるような、そんなさだおワールド全開のお話である。

ちなみに「ホッチキスポーツ」とは、昔ながらのラーメン屋にあるような❝ホッチキス留めされたスポーツ新聞❞のこと。別名チキスポ。

昼のピークを越えて、溜まった食器を横目で見ながら冷蔵庫の在庫なんぞを整理する。夕食時のもう一つの山に備えてしばしのまどろみの時間を過ごす。これが大体午後二時くらいなのだろう。僕もこの時間の飲食店が好きだ。

昼時は怒涛のように迫るオーダーを機械的に捌かざるをえないが、客足が引いて丁寧に調理に(昼時が適当というわけではないが)取り組む姿を見るともなく見るという行為が楽しい。

麺は妥協なく適切な茹で加減で引き上げられているだろうか、チャーシューの厚みはどんなものか、2枚つけてくれたら嬉しいぞ、もうもうと立ち上る湯気が頼もしい。

こんなことを考えていたらチキスポどころじゃない。

チキスポ(ホッチキスポーツの略)の陰からこれらの進行を盗み見つつ、客は「ここらあたりが中盤のヤマ場だな」と思う。「先は見えたな」と思う。

ここまでくればもう安心だ。夜明けは近い(p.28)。

 センスが本当に羨ましい。一杯のラーメンが作り出される様をここまでドラマチックに表現するとは。

 

「ここまでくればもう安心だ。夜明けは近い。」

 

僕は・・・午後二時の・・・ラーメン屋に・・・いると・・・錯覚していた?

 

【醤油の奇跡】p.31-

納豆もカマボコもワサビ漬も海苔も生卵もトロロもホウレン草も、一応みんなおかずとして偉そうな顔をしているが、自分一人ではどうにもならない存在であったことを、ここで初めて思い知らされたのである。

一見、立派に自立しているように見えてはいるが、実は醤油におんぶにだっこの人生だったことを、つくづくと知ることになるのである(p.33)。 

 確かに日本の食生活は醤油に支えられているといっても過言ではない。

日本の主食である米は、それ自体に甘みがあるものの、あくまで「おかず(特に塩気のあるもの)」の存在を前提としていることから米だけを食べるという行為は相当程度に辛いものである。

ただ、おかずがなくても醤油さえあれば何とか食べられる。

ごはんであってもうどんであっても蕎麦であっても同じだ。もちろん具材だとか食感があるものは恋しくなるが、醤油という調味料の一つがここまでの力を持っているというのは世界中を探しても他に類がないのではないだろうか。

いい勝負しそうなのはケチャップくらいかな。

醤油なしの納豆、醤油なしのカマボコ、醤油なしのワサビ漬け、醤油なしの海苔、醤油なしの生卵、醤油なしのトロロ、醤油なしのホウレン草、台無し感が否めない。醤油様様である。

 

さだお氏の勢いは止まらない。静岡焼津の本マグロ大トロの厚切りが六切れ、大根と大葉のツマの上に盛られている。ピンク色に輝く厚切りの一切れの中に白い脂の層が三すじ入っているのを想像してほしい。

「ようし、ようし、待っていろよ」

と、熱いゴハンが盛られた茶わんを左手に持ち、箸を右手に持ってかまえたとき、周辺に一滴の醤油もないという事実が判明する。

熱いゴハンと大トロ という比類なのないと取りあわせが目の前にありながら、これを食べることができない(p.34)。

 醤油さえあればいくらでもご飯が進むのに。

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(出典:ドラゴンボール)

クリリンの気持ちがよくわかるよ。後生の願いだ。醤油を、醤油を2,3滴恵んではくれまいか。

(なんとかならないか)

誰しもそう考えるところである。

しかし、こればかりはどうにもならない。そのままの姿勢で、じっと大トロを見つめ続ける。

 (なんとかならないか)

と思うのだが、どうにもならない。

もう一度、

(なんとかならないか)

と思うが、やはりどうにもならない(p.35-36)。

 さだお氏は実際に大トロを醤油なしで口に放り込むという実験を行っているが、ヌメッとした冷たい物体が舌の上に張り付くのが気持ち悪いと表現している。

確かに大トロに限らず、アジにしてもハマチにしてもイカにしても醤油なしでは食べる気にはならない。

無ければ無いで塩や味噌でなんとか代用できそうだが、所詮は代用であって醤油様には遠く及ばないんだもんなぁ。

 

【おいしい水】p.45-

真夏、クーラーのないラーメン屋で熱いラーメンを息もつがずに食べ、汗だくになって食べ終え、箸をおいてからゴクゴクと飲む冷たい水は美味しい。

ゴクゴクと半分飲み、途中で一息つき、何となくコップの水を改めて見つめ、今度は一気に飲み干す(p.47)。

ラーメン屋の水は、それ込みでひとつのメニューと言っていいかもしれない。ラーメン屋で水を飲まずに帰ったことは一度もない。

そして、「途中で一息つき、何となくコップの水を改めて見つめ、今度は一気に飲み干す」というのが頷きすぎて首が取れてしまうくらいに共感する。

何故だろう?半分になった水が愛おしいような、頼もしいような、不思議な感覚である。

酔いざめの水のうまさを下戸知らず

という川柳があるが、下戸の人には気の毒なほど旨い。

若いころは、酔っぱらうと、大きなヤカンに水をいっぱい入れ、枕元において寝たものだった。

夜中にのどがカラカラに乾いて目覚め、ヤカンに口をつけて、いわゆる❝口のみ❞というやつでゴクゴクと飲む。

飲んで布団に倒れこみ、死んだようになって眠って、また起きて飲む。この水はまさに甘露だった(p.48)。

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わかるわかる。土足で布団の上を歩いたことはないが、ニュアンスはよくわかる。

酔い覚めの水の美味しいことよ。2リットルのペットボトルだろうと一気に飲み干せちゃうよというくらいに体が水を欲しているし、飲むや否や体に水分が染みこんでいくのがわかる。

砂漠で遭難した経験はないので、今のところ人生で一番おいしい水は酔い覚めの水だろう。

 

総括

紹介したのは書籍の前半部分に偏ってしまったが、名作が多すぎるから仕方がない。

最近のエッセイに比べてさだお氏の幼少時代の思い出が多く描かれていたような気がして新鮮である。

運動会の話に関しては、珍しく特定の食べ物にフォーカスするわけでもなく、運動会というイベントに主眼を置いて書かれている。これも見ものである。

他にも紹介したかったのは、『一皿のレバニラいため(p.136-)』、『船盛りの思想(p.164-)』、『運動会のお弁当(p.206-)』、『赤飯の不思議(p.241)』だろうか。

『ワニの丸かじり』は初めて読んだが、丸かじりシリーズの総集編に当たる『東海林さだおの弁当箱』は読了済みなので、全くの初見は全体の半分くらいだろうか(ちなみに総集編は他のものもすべて読了済みである)。

東海林さだおの弁当箱―自選・特選 あれも食いたい これも食いたい (朝日文芸文庫)

東海林さだおの弁当箱―自選・特選 あれも食いたい これも食いたい (朝日文芸文庫)

 

 何度読んでも面白い丸かじり。入門編として適当に1冊を選んでもいいし、何冊か出ている総集編を買ってみるのもいいと思う。