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【ネタバレあり】「自分らしさ」ってなんだっけ?映画『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』レビュー【AmazonPrime】

「定年退職をしてからセカンドライフ」

こんな言葉をよく聞きます。個人差は当然ありますが、今の60歳はまだまだ元気な人が多く、人生の中で大きなウエイトを占めていた仕事から解放されて趣味に生きるというのも現実感があります。

しかしながら、将来的には間違いなく定年が伸び、65だとか70というのがスタンダードになってくるでしょう。

さすがにこの年齢で「多少お金に余裕ができただろうから好きに暮らしなさいよ」と言われても、体力も思考力も若い頃に比べたら激減して、遊ぶ元気もないということになってしまいそうです。

今回紹介するのは、映画『RAILWAY 愛を伝えられない大人たちへ』です。

定年退職直前の鉄道運転士とその妻のセカンドライフを描く作品。ちなみにネタバレ全開で書きますので、未視聴の方はご注意ください。

 

あらすじ

富山地方鉄道の運転士を勤め上げ、1カ月後に定年を迎えようとしていた59歳の徹。

専業主婦として彼を支えていた妻の佐和子も55歳となり、2人は人生の新たな局面を迎えようとしていた。

そんなとき、徹は佐和子から結婚を機に辞めていた看護師の仕事に復帰したいと打ち明けられる。

なぜ今さらと妻の気持ちを理解できない徹は頭ごなしに反対し、それでも決心の変わらない佐和子はついに家を出て離婚届を突きつけるのだが……。(WOWOWオンライン)

仕事一筋で生きてきて、もうすぐ定年を迎える滝島徹と専業主婦の佐和子。娘は現在妊娠中であり、数ヶ月後には孫が生まれる予定だ。

ひとつの仕事を立派に勤め上げた夫と陰日向で支え続けた妻、今までコツコツと積み上げてきたものが花開く瞬間である。

端から見ても順風満帆、これからは素晴らしいセカンドライフが待っている幸せな家庭である。

しかし、ここで滝島夫妻に亀裂が生じる。妻の佐和子が「看護師としてまた働きたい」と言い出したのだ。

徹は定年退職をして時間ができるから夫婦で久しぶりに旅行でもどうかと考えていたときに打ち明けられた妻の強い意志。

「50半ばにして何を考えているんだ」

やっと第2の夫婦生活が始まると期待していた徹は、思わず口に出す。

佐和子は自分の意思を何十年も押し殺し続けて専業主婦として家庭を支えてきたが、我慢の限界を感じ、離婚届を叩きつける。

 

主要な登場人物

滝島徹

35年間無事故無違反の鉄道運転士。誰にでもできるものではない、偉業を「運転が上手いから無事故無違反なのではなくて、下手だからこそ自身を戒めて慎重に行動してきた結果が無事故無違反」なのだという。

電車

カメラマンになりたいという道を捨て、堅実に地方鉄道の運転士として立派に定年まで勤めあげる徹。

運転士としての誇りを持ち、真面目一徹でストイック過ぎるほどに自分に厳しく職務に向き合う姿勢は職場からも評価され、後輩たちからの信頼も厚い。

一方で昔気質とでもいうのだろうか、「男は仕事で金を稼ぎ、女は家で家庭を守るべき」、そんな考えが染みついている仕事一筋の男である。

 

滝島佐和子

出産を機に看護師の職を捨て、専業主婦を続けてきた。子供が独り立ちしたころに復職する予定だったが、母の介護が重なり、現在までその野心は叶えられないまま。

夫の定年を間近に迎え、「自分に残された時間は自分がしたいことに使いたい」と決意する。徹に内緒で看護師職に就くための面接を受け、就職が決まってからは独断でアパートを借り、半ば音信不通になるなど大胆で勝手と思える行動に出る。

看護師

彼女なりに何十年も抑圧され続けた感情が爆発したのだろう。

 

片山麻衣・片山光太

滝島夫妻の一人娘とその夫である。真面目一筋の父を尊敬する一方で、家庭を顧みず仕事を優先する徹に融通の利かなさや思いやりの欠如を感じている。

お互い歩み寄れずにいる両親の仲を心配し間を取り持つが、何十年もかけてできた溝は想像以上に深く、戸惑っている。

 

小田友彦

徹の勤める鉄道会社の新米運転士であり、徹は定年間際にして指導役を任される。今どきの若者という感じで飄々としており、ノリは軽い。徹とは対極にある青年だが、指導を通して厚い信頼関係が構築されてく。

 

井上信子

佐和子が担当するがん患者である。「死ぬときは自宅で。孫と一緒に」、これが彼女の最後の願いだ。

最初は佐和子に不信感を抱いていたが、彼女の熱心な看護に徐々に心を開いていく。

 

腑に落ちないところはたくさんあるけれど・・・

この映画を評価するならば、ストーリーの矛盾や強引さは否めないけれど、全体的によくまとまった良作であるといえる。

まず問題点から書くと、佐和子が離婚届を突き出すシーンの唐突さだ。

何十年も我慢していて、ようやく打ち明けた決意を頭ごなしに否定されて納得できるわけがないし、理解のない夫に嫌悪感を抱くのもわかる。

しかしだ、18歳から42年間真面目一徹で仕事に向き合い続け、無事故無違反記録や職場での真摯な姿勢が評価されている夫がいつもの頑固な口ぶりで「だめだ」と言っただけで離婚届を差し出すのはあまりにも短絡的で酔狂な行動ではないか。

離婚届

DVがあるわけでもない、不貞行為があったわけでもない、おまけに孫が生まれる直前のこの状況でなぜこんな気狂いを疑われる行動に出たのか。

その経緯を明確に示さずに行動だけを切り取れば違和感しかない。

 

また、停電で足止めを食らっている電車(徹が運転手を務めている)に末期がん患者の信子が搭乗しているのも違和感だ。弱り切った足腰で山まで遠出し、孫娘のためにどこに生えているかもわからない薬草を摘んでくるというのはあまりにも無理がある設定に思える。

お約束であるが、信子は閉じ込められた車内で苦しみはじめる。駆け付けた佐和子が電車に向かうために崖を登るシーン、そして徹が手を貸すシーンは作品的には一番の盛り上がりを意図しているのだろうが、大した斜面でもないし、もっと登りやすいところあったやろと突っ込みどころは満載である。

 

最後の離婚届を出した直後の再プロポーズのシーン。お互い実は好きでしたー、仕事に向き合う姿勢を見て惚れ直しましたーというのはあまりにチープで短絡的ではないだろうか。蛇足感が否定できない。

 

悪い点を書きすぎてしまったが、作品全体のまとまりは非常に評価できるところである。

上に書いたように、物語の要所要所で強引で無理やり感のある展開には違和感があるが、登場人物ひとりひとりが持つ「自分らしく生きること」の意味について深く掘り下げていることがストーリーの深みを増しているのだろう。

熟年離婚とセカンドライフ、近年3組に1組は離婚するといわれている現状と個人主義という人生のテーマを取り扱う本作は大変に興味深い。

配役は的確で、演技にぐいぐい引き込まれる感覚を味わうことができたし、約二時間の映画が短く感じられたのも久しぶりである。

また、作中に登場する大自然の雄大さには息を飲むばかりであり、これを余すことなくとらえてストーリーの邪魔をしないばかりか渾然一体のものとして昇華させる表現技法に唸ってしまう。

 

総括

何度も書くように、本作は多少強引な話の運びではあるものの、それを補い余りあるほどの魅力を含んだ良作であった。

古き良き日本映画とでもいうのだろうか、丁寧に物語を描き、どっしり重厚なストーリーであるけれど単調さを感じさせず、ついつい先が気になってしまう。

鉄道職員のいう職業が作品の魅力を高めているような気がしてならない。毎日代わり映えのない景色を往復しているのだと錯覚するけれど、実は日々刻々と変化していく。多くの人の無事を祈って。多くの人の希望を載せて。