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【ネタバレあり】臆病な恋愛作法とは。『センセイの鞄』レビュー【AmazonPrime】

年の差恋愛

本日紹介しますのは、『センセイの鞄』。元生徒と先生の年の差恋愛を描いた作品ですね。

ドラマらしいですが、便宜上映画の括りに入れています。

『年の差恋愛』『年の差結婚』というのが当たり前になってきた昨今ですが、30歳差というのは想像がつかないですね。当事者になってみないとわからない境地なのでしょう。

今回はネタバレありでレビューしていこうと思いますよ。

 

あらすじ

 月子(小泉今日子)は37歳でひとり暮らし。ひとり美味しいツマミと日本酒を楽しむマイペースな女性。

ある日、行きつけの居酒屋で声をかけてきた初老の男性(柄本明)、それは高校時代の国語の担任だった。

歳の差30以上、でも酒の肴の好み、人との距離の取り方、頑固な性格、よく似た2人はしばしば共に時を過ごすようになる。

そしていつしか月子の中には、「センセイ」へのおさえがたい愛情が芽生えていた…。(WOWOWオンライン

 月子の行きつけの居酒屋で高校時代の担任である「センセイ」に再会し、最初は居酒屋でのコミュニケーション、途中まで一緒に帰ったり、次第にセンセイの家に遊びに行くようになったり・・・。

導入こそ居酒屋という❝大人の場❞であるが、恋愛の過程は極めて純粋で純情な、まるで❝中学生同士の初恋❞を描いたような話の運びである。

ただ、問題は❝中学生同士の初恋❞という表現が甘酸っぱくて切ないというようなプラスの意味ではなくて、「幼稚である」という印象しか受けなかった点なのだ。

40前と70の人間が恋愛関係になっていくのに、こんなに軽薄で重みのない言動を繰り返すのかとあきれてしまう部分が多々ある。

観ていて照れ臭くなるならいいけれど、「いい年して何してんねん」というイライラ要素が満載である。

先に結論から言えば、人にはおススメできない作品なのだ。その理由を以下で解説していく。

 

臆病なふたりの恋愛事情

好意を抱く描写が薄すぎ問題

居酒屋で鉢合わせて、いつもは1席空けて隣に座っているけれど、ときにはその間に人が座ってしまうこともある。

心の距離が近ければすぐ隣に座ったり、逆に喧嘩しているときは席を二つ挟んだり、そもそも店に顔を出さなかったり。

とても分かりやすい指標で、一見チープな演出に見えるが、居酒屋のカウンターという独自の空間を最大限活かした上手い表現だと思う。

と、褒めるのはこれくらいにして(ちなみにここから先は全て批判である)、主に月子がセンセイに対して好意を抱く経緯が全く描かれていないので、距離が縮まるとか離れるというのがあまりにも唐突で荒唐無稽に思える。

センセイは元国語の担任だけに物語冒頭から文学的な発言をする姿勢を一貫しているが、それに対して月子は「何言ってんだ、この人」という対応である。

また、センセイの家に行ったときに熱心に自分の収集物について語る彼の姿に若干引いている月子の姿が確認できる。

それなのにいつの間にか月子はセンセイのことが頭から離れなくなっているし、センセイに女の影がちらつけば嫉妬する。

どこがどうなってそうなった?少し前にレビューした『天然コケッコー』にも似たようなことを書いたが、観ている人を置いてけぼりで結局何が言いたいのかわからない。

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 「センセイ!」「ツキコさん」

状況がわからないまま進んでいくストーリー。知らない間に月子はセンセイに惹かれていて、センセイも次第に月子に惹かれていく。

恋愛の自然発生なんて素敵なことじゃないか、という意見はよくわかるが、あまりにも波がなさ過ぎて映画に対する興味を失いかけてしまう有様であった。静かなイチャイチャをこれからずっと見続けなくてはいけないのか・・・という感覚。

ここからが一番幼稚に感じた点である。

事あるごとにふたりは「センセイ!」「ツキコさん」とお互いを呼び合う。一回ではなくて復唱する。

ふたりとも臆病で自分から始まりの言葉を切り出せないでいるのだ。センセイは老い先長くない自分がまだ若い月子に交際を申し込んでいいのかと考えているのだろうし、月子は作中で「恋愛に向かない質」という自己分析をするように恋愛から距離を置き、臆病になっている。

ただ、

「センセイ!(早く私に好きって言って)」

「ツキコさん(ワタクシを好きと言って)」

これが中学生なら可愛いが、40と70だぞ。それくらい自分で言え。

恋愛に臆病とかではなくて単に幼稚なだけだ。常に自分を守ろうと逃げ場を用意している。時々それが顔を出すくらいならばいいが、全編通してこの調子なので「もう勝手にやってくれよ・・・」と思ってしまう。

 

蛇足すぎる元妻との想い出

センセイは元妻との想い出を月子にぽつりぽつりと語っていく。これが原因で月子は焼きもちを焼いてしまうことも多々あった。

元妻との想い出はギャグパートにしたかったのか、家族で山にハイキングに行ったときに妻が収穫したきのこが「オオワライタケ」であると知っていながら生で頬張り、案の定笑いが止まらなくなったシーンが印象的だ。

最高に寒かった。完全に蛇足である。

また、母を心配する子供の「ソンナノタベタラシンジャウヨー!シンジャウヨー!シンジャウヨー!」が棒すぎる。なぜこのシーンに時間を割いたのか甚だ謎である。

 

ラストシーンの無味さ

既定路線というか、センセイと月子は結ばれ、晴れて交際するに至った。居酒屋で再開して2年で交際開始、それから3年後に舞台は移る。

センセイが亡くなり、その息子から「父親から月子さんへ」ということでタイトルにもある『センセイの鞄』を受け取ることになる。

いかにも意味ありげな鞄だが、開けてみると何も入っていない。そして月子はこれを見て号泣。泣きたいのはこっちだ。2時間かけて得たものは何もないぞ。

 

総括

『天然コケッコー』で感じた無味無臭さを遥かに超える無、言うなれば❝虚無❞であった。ドキドキワクワクはないので映画らしさがないし、リアルかといえば決してそうではない。

配役は悪くなかったが、全てが嘘くさくて薄っぺらに感じてしまった。枝葉に力を入れすぎて、肝心の幹の部分がひょろひょろなのが残念だ。