うたかたラジオ

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本当におっかねぇのは龍でも妖怪でもなく人間だ。『河童のクゥと夏休み』を視聴したので感想を語る。【AmazonPrime】

まだまだ暑い日が続きますが、世間的には夏休みはもう後半戦で、暦の上では立秋なんですよね。

例によって、週末AmazonPrimeで映画を漁っていて見つけたのが『河童のクゥと夏休み』。

公開当時、映画館で観たいなと漠然と考えていたものの、若干浦安鉄筋家族テイストのキャラデザと単純にタイミングを逸したこともあって今まで観ることがなかった作品です。

せっかくこの時期に巡り合えたので、じっくり鑑賞させていただきました。

この映画は2007年の公開ですが、その頃はインターネットも成熟して携帯電話の性能も飛躍的に向上した時期ですよね。

これを含めた社会全体に対する警鐘というか、社会風刺も多分に含まれる本作は当時相当なインパクトを与えたのでしょうが、現代ではさらに問題が深刻化しており、今なお通ずるメッセージ性を有した作品だと思います。

今こそ多くの方に見てもらいたい、そう感じましたね。

今回は、映画『河童のクゥと夏休み』についてネタバレ有りでレビューしていこうと思いますので、未視聴の方はご注意ください。

あらすじ

夏休み前のある日、小学生の上原康一は帰り道で大きな石を拾う。

持ち帰って水で洗うと、中から河童の子供が現れた。

康一はこの子に「クゥ」と名づけ、共に暮らすことに。

 一緒にお風呂に入り、食卓を囲み、同じベッドで眠る二人。

最初は驚いた上原家の面々も、クゥを受け入れてゆく。

そんなある日、クゥが仲間のところに帰ると言い出した。

康一は河童伝説の残る、豊かな自然に囲まれた遠野へクゥを連れて初めてのひとり旅をすることに...。

このあらすじだけ読むと、「夏休みに一人の少年とその家族が河童のクゥと出会って友情や絆で結ばれていく牧歌的な話なんだろうなぁ」「でも最後は仲間を見つけて自然に帰っていくのかなぁ」と何となく感じるところだが、実際は違う

いや、厳密にはそういったテーマも含まれてはいるが、映画のメインに描き出されるのは人間のエゴや汚さ、そして「人間と河童は決して相容れることはない」という救いのない現実。

僕も最初はほのぼのハートフルストーリーを期待していた。その期待は冒頭の5分で無事裏切られることになる。

物語の舞台は江戸時代。今ではすっかり見かけることが少なくなった蛍が元気に飛び回る田園で河童の親子が会話をしている。

子「龍っておっかねぇか?」

親「ああ、おっかねぇ。けど、いい神様だ。」

子「へ~」

親「龍もおっかねぇけど、今は人間の方がおっかねぇ」

真っ暗な道を向こうの方から侍姿の役人二人組が歩いてくる。どうやら河童の親子はこの人間たちに自分たちが住む沼の埋め立てを止めてもらうよう陳情しに来たようだ。

大きい鯉を手土産に、役人が通るまでじっと待っていたのだ。

親河童は役人たちに向かって丁寧に事情を説明し、敵意はないことを伝えるが、自分たちの内緒話を聞かれたと勘違いした役人たちは逆上して親河童に斬りかかる。

為す術なく右腕を斬り落とされ、命までも奪われる。

刀

興奮した役人はそれでも足らず、子河童の命を狙うが、ここで地面が割れ子河童は断層に飲み込まれてしまう。

ここからあらすじに繋がっていく。

物語序盤から中盤にかけては上原家と子河童(康一に「クゥ」と名付けられる)の不思議な共同生活が描かれる。

うだつの上がらない康一の親もクゥが来てからは急にやる気を出して、彼の成長を見守っていくし、最初はおっかなびっくりだった母も次第に愛情に芽生えていく。

一貫して変わらないのは妹であり、自分のポジションを取られたとでも思ったのかクゥに対しては敵対心剥き出しでイジワル三昧。

この妹が見た目も性格も可愛くないのなんのって。

個人的には「稀代の虚無作」と評している『未来のミライ』に出てきたくんちゃんにような悪ガキっぷりである。

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それはさておき、上原家は徐々にクゥを単なるペットではなく、家族の一員として受け入れるようになり外部にクゥの存在が漏れないように尽力するのだが、中盤以降事態は一変。

いつまでもそんな平穏な日常が続くわけもなく、近所の住民が知り、メディアを通して全国的にクゥの存在が明らかになっていく。

カメラ

ここからが転落劇。最初は「クゥを守るんだ」と一枚岩になっていた上原家はマスコミに注目される自分たちに気持ちが大きくなってしまったのか、クゥを世間に露見させていくことになる。

この過程には、父親が会社の役員から圧力を受けて(会社の大口の取引先がテレビ局)已む無くなし崩し的にクゥを表に出していかざるを得なくなったことと、クゥの存在が世間に知れたことによって崩壊していく上原家の日常を見たクゥが「オレはおめぇさん方に恩がある」とメディアへの露見を了承するなどの様々な事情が介在している。

ここではすべてを書くことはできないが、映画全編にわたって人間たちがクゥを好奇の対象として見ており、おもちゃにする気満々な様子が描かれていて気持ち悪くなるほどであった。

テレビを通して遠くから見物しているうちは「クゥちゃん可愛い~」「会ってみたいわぁ」と言っている人間も実際間近で見たら「気持ち悪い!」ってなんだそれ。

クゥが自分の父親が侍に殺されたと発現したら、「それは妄言だ」と吐き捨て、上原家の家族の一員でありクゥの一番の理解者である犬の❝オッサン❞を自動車でひき逃げするクズもいるもんだ。

河童伝説の残る遠野でも河童はビジネスの対象にされ、「河童を生け捕りにして1,000万円もらったるわぁ!」と声高に叫ぶ愚かな人間たちばかり。

人間には悪い人間もいれば、いい人間もいる。でも、そのいい人間も欲に目が眩んで悪い人間になることなんていくらでもある。

悲しいけど、それが人間なんだよね。

そんなこんながあり、最後にクゥは人間が溢れる都会を追われ、沖縄の人里離れた場所で妖怪キジムナーに引き取られることになる。

結局は「人間と河童(妖怪)は理解し合うことはできない」、そして「互いが上手く共存していくためには一切干渉しないこと」という事実を突きつけられて物語は締めくくられていく。

 

印象に残ったシーン

河童と人間は似ているところもあるけれど、本質的には全く違う生物だということ

クゥは上原家の人間たちと当たり前のように会話をし、同じ食卓を囲んで食事を取る。

お風呂にも一緒に入るし、同じ布団で眠る。

姿かたちこそ違えど、上原家に弟が一人増えたような感覚で徐々に家族に溶け込んでいく。

しかしながら、当然そのすべてが同じというわけではなく、クゥはその小さな体に見合わない怪力の持ち主であり、大人であるお父さんを投げ飛ばすほどである。

また、人間が食べれば寄生虫で重篤な健康被害をもたらすカタツムリをちゅるんと平らげ、「人間はマイマイ食べねぇのか?」と言葉を発するシーンでは河童と人間は違うんだということをまざまざと見せつけられる。

 

遠野への大冒険

遠野は河童伝説が残る地であり、ここに行けばもしかしたらクゥの仲間が見つかるかもしれないと考えた康一はクゥをリュックサックに隠して新幹線で遠野に向かう。

「休みの日だし車もあるんだから、お父さん連れて行ってあげてよ」と思うのだが、あのうだつの上がらない感じがお父さんらしいので、そこは良しとしよう。

お母さんが康一を送り出したときに「振り向きもしないんだから・・・」と発したのが印象深い。まだまだ子供だと思っていた康一が大人に近づいていると感じて、嬉しいような悲しいような心情の表れだろう。

子供たちだけの大冒険はワクワクする。自分が子供の頃にお小遣いを握りしめて初めて一人で電車で出かけたのと比べたらずっとずっとスケールが大きい話だが、妙な興奮と行動力が生まれるんだよね。

新幹線

遠野は確かに河童伝説が残っており、風情豊かに描写されていたけれど、必然的に商用目的に河童が利用されていて、「人がいないところならクゥを外に出して一緒に河童を探せるだろう」という試みはあえなく断念される。

それでも奥地に踏み込み、人間のいない綺麗な渓流で生き生きと泳ぎ回るクゥを見ると、人間には人間の生活域があって河童にも当然それがあるということを実感させられる。

水中が実写なのではないかと錯覚してしまうほどにリアルで見入ってしまった。

 

人間の巣

脱走したクゥを人間たちが追いかけ、逃げ場のなくなったクゥは東京タワーに登る。

下を見れば欲望にまみれた野次馬がうようよ。視点を上げれば犇めきあうビル群が目に入ってくる。

人間はたまたま現代で繁栄し、食物連鎖の頂点だと威張り散らしているがせいぜい人間の歴史など数千年に過ぎない。

勝手に地球の上に線を引いて、「この土地はオレのもんだ」「〇〇円で譲ってやるよ」と取引をしている。自分たちの生活を豊かにするために他の生物や自然を犠牲にすることは厭わない。

地球に活かされている生命体の一端なのに、どうしてここまで威張れるのか。

この世界はどこにいっても人間がいる。未知を解明し、未開を切り開くことに躍起になる人間たち。それで神様に近づいたつもりでいるのか。

クゥが発した「人間の巣」には様々な感情が込められていたことだろう。

 

ここで生きることをお許しください

映画の最後にクゥが沖縄に移住し、川を泳ぐシーン。

どうかこの場所で自分が生きていけるだけの魚をとることをお許しください、どうかこの場所で暮らしていくことをお許しください。自然に感謝し、自然と共に生きることを神にお祈りするクゥ。

河童

(河童のクゥと夏休み | Aniplex | アニプレックス オフィシャルサイト)

小さな河童のクゥでも分かることが人間にはわからないんだよね。足ることを知るって難しいんだ。

 

総評

素晴らしい映画だった。その一言に尽きる。

人間の汚さがあまりにリアルで、見ていて気分が悪くなるくらいであるし、自分もその一員なんだなと胸に突き刺さる。

冒頭で書いた通り、一見子供向けの友情物語に見えるが、決してそのようなことはなく大人にこそ見てほしい作品である。

グロテスクなシーンや残酷なシーン、目を伏せたくなるような人間の狂気や欲望が全編に表出しその下でも脈動するような気持ち悪さも感じる。

これを観た大人が何を感じ、何を子世代に伝えていくか。その契機になる作品であると思う。

 

まとめ

現代にも通じ、現代こそ観るべき名作だと思うので、一人でも多くの大人におすすめしたい夏の映画である。