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【ネタバレあり】家族とは、魂を伝播する繋がり。映画『湯を沸かすほどの熱い愛』を観たので感想を語る。【AmazonPrime】

暇なときの最近のトレンド、「AmazonPrime Videoを漁る」をしておりまして、一本の映画を視聴することに決めました。

『湯を沸かすほどの熱い愛』。

タイトルとパッケージ、“銭湯”の文字を見て、「銭湯を舞台にしてラブロマンスが繰り広げられるんだろうなぁ。よくある設定だけど、“銭湯”っていう切り口が面白そう」

視聴前はなんとなくそんなことを考えていましたが、実際に観てみると、

「めちゃくちゃ重い家族ドラマじゃないか」

と、ギャップを感じつつ映画の世界に没頭していきました。

今回の記事では、映画『湯を沸かすほどの熱い愛』の感想をネタバレありで書いていきたいと思います。

『湯を沸かすほどの熱い愛』

あらすじ

銭湯「幸の湯」を営む幸野家。

しかし、父が1年前にふらっと出奔し、銭湯は休業状態。

母・双葉は、持ち前の明るさと強さで、パートをしながら、娘を育てていた。

そんなある日、突然、「余命わずか」という宣告を受ける。

その日から彼女は、「絶対にやっておくべきこと」を決め、実行していく。

その母の行動は、家族からすべての秘密を取り払うことになり、彼らはぶつかり合いながらもより強い絆で結びついていく。

そして家族は、究極の愛を込めて母を葬(おく)ることを決意する。

(ストーリー|映画『湯を沸かすほどの熱い愛』オフィシャルサイト)

冒頭からしばらくはシングルマザーと娘の奮闘の様子が描かれている。

シングルマザーの双葉は、一年前に旦那に逃げられ、生業にしていた銭湯を休業せざるを得なくなる。

銭湯

生活のためにパン屋でパートをして育ち盛りの高校生の娘を養っていた。

派手さはなく貧乏だけれど穏やかな母娘二人の生活。この幸せが続けばいいのに・・・。

いつものようにお店で働いていた双葉だったが、急に意識を失い倒れてしまう。

運ばれた病院で医師から言い渡された言葉、

末期がん。

一方、娘の安澄(あずみ)は学校で酷いいじめを受けており、周りの生徒は彼女の制服を絵の具でめちゃくちゃにしたり、どこかに隠してしまったりとやりたい放題。

当然安澄は学校が大嫌いになる。

彼女はなんとかして学校を休もうと「お腹が痛い」「頭が痛い」と訴えるが、双葉は「ここで行かんくなったら、もう行けなくなるよ!」と叱咤して無理やりに学校に行かせる。

最初は自分の気持ちも理解しようとせずに大嫌いな学校に送り出す双葉に反感を抱いていた安澄だったが、女手ひとつで文句も言わずに自分を育てている強い母の血が流れていることを頼りにいじめに立ち向かうことを決意。

思わず吐いてしまうほどに勇気を振り絞った安澄の行動により、いじめっ子達は畏れをなしてしまい、過酷ないじめは終焉を迎えた。

「私の中にもお母ちゃんの遺伝子、少しだけあった!!」

胸を張る娘とそれを誇らしげに感じる双葉。

残された数ヶ月をどのように生きるか。

強いお母ちゃん・双葉の最後の生き様が描かれる。

 

家族を家族たらしめるのは❝血の繋がり❞だけではない

完全にネタバレになるのだが、本作において血の繋がりがあるのは、安澄と蒸発した父親の一浩だけである。

双葉はがん発覚後に探偵・滝本に一浩の調査依頼を出し、あまりにもあっけなく隣町に住む一浩が発見される。

一浩曰く、「昔の浮気相手に数年ぶりに再会したら❝あのとき❞の子供がいるから一緒に暮らしてほしい」と言われて浮気相手と娘の鮎子とアパートで生活し始めたが、母親はいつの間にか出て行ってしまったとのこと。

鮎子は一浩の子供ではなく、手のかかる子供を体よく押し付けられただけだった。

また、安澄は双葉の子供ではなく、毎年4月25日に律儀に遠方から幸野家にカニを送ってくれる坂巻君江という女性と一浩の子であったことが判明する。

一浩の初婚は安澄の母である坂巻君江、2回目は双葉。そして、その婚姻状態を維持したまま浮気相手の家に転がり込んで、女性には出て行かれる、と。

そして実は双葉も過去に実の母親から捨てられており、物語終盤に滝本の助力で母親の家を突き止めるが、「そんな子は知らない」と一蹴される。

双葉の母親は新しい家庭で孫にも恵まれて幸せそうに暮らしていた。これを見た双葉の心境は、あえて言うまでもないだろう。

双葉は残された時間を使って、安澄を君江のところに連れていくシーンがある。

途中ヒッチハイクをしていた拓海という青年を車に乗せることになるが、彼の家の事情も複雑で、母親は何人も入れ替わり、自分の立ち位置を見失って自暴自棄になっている。

この物語に登場する人物は皆❝家族関係❞に深い闇を抱えており、豪快ではつらつな双葉の大きな愛でひとつの家族へと繋がっていく。

家族

血の繋がりはなくとも、魂を伝播させることで家族になれる。

そんなメッセージが力強く込められた作品である。

 

全体としてよくまとまっているが、違和感もある

命を預かる車の運転に責任を持てるのか

作品全体を通して、始終重苦しい空気が付きまとうが、双葉が持つ周囲の人を深い愛で包み込んで再生させていく過程が爽快であり、見ていて飽きることがない。

しかしながら❝母・双葉の強さ❞を強調するためなのか、末期がんでいつ倒れてしまうか分からず、自分がハンドルを握る力さえも保証できないのに大切な安澄と鮎子を車に乗せて長距離運転をするという行為自体が滅茶苦茶である。

運転

君江に会いに行くという都合上、一浩に運転を任せるのは不安であるし、双葉自らの手で実現したかったというのはわからないでもない。

とはいえ、あまりに無謀であり、「結果オーライ」と笑ってはいられないところがある。

滝本に頭を下げて代行してもらったらよかったのではないだろうか。

女三人旅の車にどこの馬の骨ともわからない拓海を乗せてしまうのもあまりにも軽薄で危機意識のない行動である。

湯を沸かすほどの熱い愛

ラストシーンで双葉が亡くなって銭湯で葬儀をした後に煙突から紅い煙が空に向かってもくもくと立ち上るシーンがある。

赤い煙

明言はされていないが、双葉の火葬を銭湯の湯を沸かす火で行ったということだろう。

タイトルにもなっている『湯を沸かすほどの熱い愛』に繋がるのだろうが、あまりにも蛇足感があり、そのシーンがなくても綺麗にまとまっていたのではないかという気持ちが強い。

 

まとめ

ストーリーの構成が秀逸で、次々に押し寄せる怒涛の展開を丁寧な伏線回収でまとめ上げているため、最後までだれることなく真っ直ぐ筋の通った作品だったと思う。

一浩役のオダギリジョーさんの飄々とした演技やクズだけど憎めないダメ男の見せ方が見事であり、宮沢りえさんのがんと闘う強いお母ちゃんの鬼気迫る演技が見ものである。

気になる部分はいくつかあったけれど、総合して見ごたえがあり、人に胸を張って進められるヒューマンドラマである。

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