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【ドラゴンクエスト ユアストーリーネタバレなし感想】僕が愛したドラクエ5はこんなにも醜くも美しく映画化されたのか

当ブログで何度も書いているところですが、僕はドラゴンクエストシリーズの中で「5」が一番好きで、これを題材とした『ドラゴンクエスト ユアストーリー』が2019年8月2日上映開始ということで初日に早速観てきました。

ドラクエ

(映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』公式サイト)

この映画はネットなどを見ていると酷評が大勢であり、「こんなのドラクエ5じゃない!」「オチが最悪、気持ち悪い」「金返せ」等々キツイ言葉が書き殴られています。

僕は個人的には「気になる点はいくつもあるけれど、これはこれでよかった」と思っており、映画を観たことを後悔したりだとか大好きな作品に泥を塗られたというような感想は全く抱いていません。

ただ、上記のような賛否の否の中でも大嫌いに振り切ったような感想が出てくるのも大いに納得できるというか、そうなるのも当たり前だよなぁという印象も同時に感じているところでもあります。

そこで今回は、作品の一番の問題点と思われる❝オチ❞の部分についてはネタバレにならない範囲で触れた上で賛否を語るにあたってのポイントをいくつか拾い上げていこうと思います。

 

あらすじ

少年リュカは父パパスと旅を続けていた。

その目的は、ゲマ率いる魔物たちに連れ去られた母を取り戻すこと。

旅の途中、遂にゲマと遭遇し、魔物たちと激しい戦いを繰り広げるパパス。

しかし、一瞬のスキを突かれ、リュカが人質 にとられてしまい、手出しができなくなったパパスは、リュカの前で無念の死を遂げるーー

それから10年。故郷に戻ったリュカは「てんくうの剣と勇者を探し出せば、母を救うことができる」というパパスの日記を発見する。

父の遺志を受け継ぎ、リュカは再び冒険の旅に出ることに。

立ちはだかるいくつもの試練、そしてビアンカとフローラ、2人の女性をめぐる究極の選択。

果たして旅の先に待ち受けるものとは!?(映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』公式サイト|INTRODUCTION)

ドラクエ5をプレイした方ならば、ゲームのストーリー自体がかなり長く、これを2時間の映画で過不足なく描き切るのは至難の業というのは分かっていただけると思う(実際の映画は103分)。

そのため、ストーリーは相当部分が端折られており、例えば幼少期については5分ほどのダイジェストで終わってしまう。

ちなみにこのシーンには当時のドラクエ5のドット絵のゲーム画面が多用されており、オールドユーザーとしてはニヤリとさせられる反面、ちょっとそのノリが全編にわたると寒いなという不安を抱いたことを付記しておく。

この理由は最後まで見れば分かるのだが、未プレイの方が冒頭のダイジェストシーンを見てもさっぱりであるし、その後ストーリーも怒涛の駆け足で進んでいくので正直何が起こっているのかを追いかけるのすら無理なレベルである。

一度でもプレイしたことがあれば、随時記憶で補完しながらイキイキと画面を走り回るドラクエ5のキャラクターと世界観に酔いしれることができるだろう。

要は、あくまで本作は既プレイ者を対象としたファンディスク的な位置づけであり、新規層の獲得は二の次である印象を受けた。

最初にも書いたように、その既プレイ者の逆鱗に触れてしまうようなシーンや構成も多々あるため、一体誰に向けた映画なんだという評価がされてしまうのも納得できる。

以下では本作の良い点・悪い点をポイントだけ抜き出し、最終的な評価をしてみたいと思う。

 

賛否を語るためのポイント

良かった点

①良くも悪くも無機質な世界観に色がついた

最近のドラクエは主人公たちが縦横無尽に画面を駆け抜けてモンスターと戦う場面が描写されているけれど、ドラクエ5は主観視点の非常に地味なものであった。

リメイクを重ねて魔法や特技のエフェクトが派手になり、モンスターも行動モーションが用意されたりしたものの、淡々と戦闘が進むのは良くも悪くも昔のドラクエらしさを伝えている。

これを映画にしたことによって、

「ゲーム内では正面からしかモンスターを捉えていないけど、バックアタックや攻撃の駆け引きって当然あるよなぁ」

「キラーマシンのメタリックな材質がリアルだなぁ、っていうかデカい!」

「おどる宝石みたいにお金をたくさん持っているモンスターを倒したら、ゴールドがザバァ!と溢れてくるの気持ちいいな」

「魔法の撃ち合いってこんなに派手なんだなぁ」

と、今まで平面的で無機質だったドラクエ5の世界に多彩な色が加わったようで、いちいち素朴に感動してしまった。

最初こそ独特のCGに違和感を覚えていたが、段々とそれは薄れていき、登場するキャラクターの躍動感やコロコロ変わる表情に惹きこまれていった。

 

②モンスターを仲間にすることができるというドラクエ5の目玉システムに対する折り合いのつけ方が上手い

当ブログでもドラクエ5の目玉である「仲間モンスター」にスポットを当てて書いたことがあるが、わずか103分でアイツを仲間にしてコイツも仲間にしてというのは尺の都合上無理がある。

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もちろん仲間になったホイミンやピエールを見てみたかったという気持ちはあるが、逆にゾロゾロと仲間になっていくのも不自然である。

ドラクエ5の仲間モンスターを象徴する「スラリン」と「ゲレゲレ(←名称で争いあり)」、意外なところで本編では仲間にならないはずの「ブオーン」に絞ってストーリーを進めた点は良い落としどころだったと思う。

ぷるっぷるの物言わぬスライムが可愛いこと可愛いこと。キラーパンサーのゲレゲレのふさふさの毛並みや筋骨隆々具合も「そうそう、こういうのが見たかったんやでぇ」と思わせてくれる。

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③白黒つけないカフェオーレ

ドラクエ5において仲間モンスターよりも重要なシステム、それが「結婚」

発売以来数十年議論されている「ビアンカ・フローラのどちらを嫁にするか」について、ドラクエ5を初めて映画化した作品で判断が下されてしまえば争いがさらに激化してしまう。

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確かに映画中では一方のヒロインを選択し、二人の間に子供が生まれて魔王討伐に向けて再び旅に出るという描写があるが、映画を最後まで見てみると「あえて結論を出そうとはしなかったんだな・・・」と妙な安心感を覚えた。

ちなみに僕は一貫して「ビアンカ派」であり、上掲の記事でも熱く語っている。

しかしながら、映画視聴中は「フローラかわいいー」と思わされるシーンも随所に盛り込まれ、それでもやはり「ビアンカ最高やな!」と思うこともあり、ここだけでも非常に楽しめた。

 

④バギクロス・ギガデイン・メラゾーマ

ドラクエ5の主人公の使う魔法のイメージは恐らく「バギ系呪文」だろう。というか、ここまで一貫してバギしか覚えないのも一途というか主人公らしくないというか。

ピンチの時に頼るのは、やはりバギ。圧倒的な力を持つ敵に一矢報いるために繰り出すのは人智を超えたパワーなどではなく、自身の信頼するバギ系呪文というところに感動を覚えた。

主人公の息子の十八番と言えばギガデイン、嫁の必殺技はメラゾーマですよ、と。

この辺をピンポイントで起用するのは上手い。詠唱呪文とか余計なことはしなかったのも高評価。ひとつ注文を付けるとすれば、魔法発動時の「ピロリロリロ♪」というような効果音が欲しかったところだ。

 

⑤ぬわーーーーーーーーーー!

最高。

 

悪かった点

①未プレイ者置いてけぼりの構成

先にも書いたところだが、尺の都合であまりにも駆け足で端折り過ぎているので、未プレイの方はついていくことができないと思う。

「これを見て興味を持ったら、古いゲームだけどドラクエ5に手を出してみようかな」と思って見に来る人もいるだろうに。

「ドラクエ5の魅力を一人でも多くの人に伝えたい!」という気概が感じられず、始終内輪ノリのようなものが支配していたのが気になったところだ。

全部尺の都合で片づけるのもアレだが、例えば主人公が言っていた「自分の背中を預けられる人」の下りはレヌール城での大冒険を描かなければ伝わらないし、ゲレゲレがあんなに簡単になつくのも興ざめだし、天空の勇者の設定もあまりにも雑。

そら低評価になりますわという印象だ。

 

②仲間モンスター周り

僕が特にドラクエ5の仲間モンスターシステムが好きというのもあるが、モンスターが改心するという描写は欲しかったように思う。

スライムは懐いたというよりも最初から仲間になることが既定路線のものであったし、ゲレゲレも旧知の仲。ブオーンに至っては改心というよりも脅迫に近い。

モンスター側が「この人間にならば付いていってもいいかもしれない・・・」というような心情の機微が描かれればよりよかった。

ブオーンは仲間になった途端に炎も吐かずに、飛んで殴るだけの巨体になってしまったのも残念。

あんなに強そうだったのに仲間になったら弱いというのはよくあることだ。ドラクエ6の引換券さんみたいにね。

 

③オチがあまりにも・・・

ドラクエ5がついに映画になると期待して観に行った人ほどオチにはがっかりしたことだろうと思う。

最後まで見ればすべてが分かるが、それすらも許せないという気持ちも分からなくはない。

あんなのドラクエ5じゃないもの。

その反論として「だって、タイトルにドラクエ5なんてどこにも書いてないでしょ?」と言われても、映画の8割方をどっぷりドラクエ5のストーリーをなぞって描いているのに無関係ですよというのは余りに乱暴すぎる。

それでも僕があのオチも込みで楽しめたのは、言わんとすることは分かるし、落としどころとしてそうでもしないと映画としての存在意義にかかわると思ったからだ。

たとえ正統として103分の枠内でドラクエ5のストーリーのあらましを詰め込んでも「あの場面がない」「説明不足だ」という意見は当然出てくることが予想されるし、何の工夫もなかったねと言われてしまう。

変にアレンジしたり、嫁問題に偏りを出し続けてしまえば、それはそれで非難を浴びるだろう。

オチは正直酷いけれど、そうせざるを得ないだろうと思うところである。

 

総括

多くの方が言うように悪い点が目立つ本作は、ゲームが大好き、その中でもドラクエ5が好きという方しか楽しめないと思うし、逆にそういったコアなファン層の逆鱗にも触れてしまう可能性のある問題作ではあると思う。

何度も言うように僕は有りだと思うし、楽しめたが、身の回りのドラクエ好きにこの映画を自信を持ってお勧めすることができるかと言えば決してそうではない。

良い点の部分で書いたように、プレイヤーが想像で補っていたドラクエ5のイキイキとした世界を覗くことができる点では貴重であるし、一定の評価はできるので「人を選ぶ迷作」とでも言っておこうか。

 

まとめ

僕はこの映画を観て、ドラクエ5ではなく、Switchに移植されるドラクエ11をプレイしたくなりました(支離滅裂)。